3
「来年は、俺らも高校生かー」
夏休みの明けた9月上旬の平日の昼休み。
教室で数人とだべっていると、そんな話題が出てた。
「なんか実感沸かないよな。高校生とか」
「だよね~。おれは受験が怖いよ」
「おまっ、それは言わない約束だろ!」
相槌を打つとそう言われた。
平手打ちを避け、おれはごめんと言いながら笑う。
でも本当に、あと半年でここを卒業するという事実はまだおれの中で現実的ではない。
王鈴中学を卒業するとはつまり、このメンバーとも離れることになる。
三年間だけだったら大して思わないけど、クラスの2分の1は9年目の付き合いだ。ずっと一緒で、当たり前のように過ごしてきたから。
「でも、高校生になったら自然に彼女できるんだろ?楽しみだな~」
Yシャツの第二ボタンを暑そうに開襟しながら遠い目をしたのは、
「いや、そうとも限らないでしょ。それに大和はそのお調子者の性格なんとかしないと」
マッシュヘアに黒い小さなピアスをした、校則ギリギリというかもうアウトな身なりの
「うるさいな〜。同じく彼女のいないお前に言われたかねーわ」
「はいはい」
恋人。彼女。もちろんそんな存在おれにもいたことはない。
クラスメイトにはカップルくらいいるけど、いっても2、3組ほど。圧倒的少数派。
受験期で3年なんてみんな心ここにあらずって感じでピリピリしてるし、知り合いの浮いた話なんていうのはあまり聞かない。
「あ、あのっ!」
とつぜん声が聞こえ全員で振り向くと、クラスメイトの
「えっと、松田くん」
「おれ? どうしたの?」
自分のことを指差しながらそう尋ねると、木野さんはこくりと頷いた。
そして手に持ったファイルの中から一枚の紙を取り出して差し出される。
「これ、委員会の資料。先生が、松田くんにも渡してって」
「そっか。ありがと」
紙を受け取ると、勢いよく頭を下げてから慌てたように教室を飛び出していった。
おれは環境美化委員会に所属していて、木野さんは環境美化の委員長だ。委員長ってわざわざ資料渡すために校内練り歩いてんのか。とその背中を見送りながら考えていると。
「ちょっと朝陽~」
「うわっ、なんかあったの?」
ジト目でにやりと笑う大和に肘で小突かれる。
「なんかあったの、じゃねえよ。あの木野さんの反応~!」
「お前声でかい」
「気付かないの? 朝陽」
その場にいたもう一人・
……気づかないほど、おれは鈍感じゃない。
まあだけど、ここは。
「なんのこと?」
「木野さん、お前に絶対気ぃあるって!」
「え~そうかな」
おれはとぼける。
「そうだって! いーなー、あんなかわいい子に好かれるとか」
大和がそう言って天を仰ぐ。
「でも、大変だね。この時期のそっち系の委員会って」
「そっち系の委員会?」
おれがたずねると、言い出した空がうなずいた。
「そろそろ体育祭じゃん。体育委員はもちろん、生徒会や環境美化、保健委員は忙しくなるていうし」
「あ〜たしかにな。放送委員の俺だって、実況や音楽の準備で忙しーもん」
早くも来週に控えた王鈴中学校体育祭。
毎年クラスごとで縦割りとなり、6組6色で点数を競う。おれたち5組は紫色で、それぞれ決めた競技に出場することになっているんだ。
「朝陽と大和は、リレーの練習順調?」
桔享が聞いてきて、おれと大和は顔を見合わせる。
学年対抗リレーはクラス全員で出るけど、おれと大和の出る色別対抗リレーは選抜制になってるんだ。
「まあ、頑張るけどさ。一応トップバッターだし。だけど、赤組のトップバッターがめちゃめちゃ早いらしくてさ〜。正直勝てるかは微妙なんだよな」
「今から弱気になってどうするの」
桔享は呆れたように腰に手を当てる。
「おれはまあまあ順調かな。5組の一位はおれに任せといてっ!」
「俺らめいっぱい応援するから、頑張れよ」
「うん、よろしく!」
空の言葉におれはうなずいた。
中学最後の体育祭。この仲間のできる正真正銘最後の体育祭。
おれはおれなりに、期待に応えられればいい。そう思っていた。
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