14
夏休みが始まって、2週間ほどが経とうとしていた。
明日から8月、つまり7月31日の今日は、まぎれもなく湊翔の誕生日だ。
そんな日の昼前、オレはリビングで勉強し、朝陽と湊翔は二人テレビの前でゲームをしていた。
「湊翔って、宿題どのくらい進んだ~?」
「エッ、まだ1mmもやってないよ?」
「日向は?」
「オレは夏休み入る前に終わった」
「夏休み入る前に終わった!? 日向それいろいろ問題じゃない?」
「間に合わないよりかはいいだろ。それより湊翔はゲームしてないで宿題やれよ」
朝陽に反論しながら湊翔にそう言うと、ええ〜やだよ〜と返ってきた。
「あれっ、てか、そういえば太陽くんは?」
朝陽が思い出したように辺りをきょろきょろする。
「太陽なら学校の補習に行くとかいって朝からいないけど」
「えっまじで。全然気が付かなかった~」
のんきに頷く朝陽の隣で、湊翔はなぜか真剣な様子でテレビ画面を見ていた。
湊翔がめずらしい、なんて思っていると。
「……なんか太陽くんってさ、明るくなった気がするよね」
ぽつりとこぼしたその言葉に、朝陽がピクリと反応する。
「なんで?湊翔」
さっきまでとは違う強張った朝陽の声色がリビングに響く。オレは鉛筆を走らせる手を止めずに耳を傾けた。
「最近の話ってわけじゃないけど。太陽くんってずっと前……5年くらい前かな。すごい暗いイメージだったよなっていうのをふと今思い出して」
5年前ってオレが小1だったころのことだが、湊翔の言うような話は、正直よく覚えていなかった。
……太陽は、そこまで明るい性格じゃない。悪い意味はなく。今と比べてってことは、昔の太陽は。
「俺の記憶では確か、ずっと家にいるような……けど、その割にはあんまり見かけなかったというか」
オレは手を動かすのを止め、考える。
それなら、オレも少しだけ覚えている。
あのころは父さんが単身赴任をしていて母さんは朝から仕事で忙しく、朝飯はたしか朝陽が作ってくれていた。
記憶を辿っていくと、湊翔の言う通りである。
「だから……」
湊翔がなにかを言いかけたとき、朝陽がコントローラーを頭の真上に掲げた。
そして息をする暇もないまま、黒い物体は床へ思いっきり降り下ろされる。
ガシャンッッ!!!
「やめろよ!!その話は!」
床に打ち付けられた音の余韻とセミの鳴き声。
そして、朝陽の怒声。
湊翔が目を見開き、口は半開きにしている。
「……ごめん」
朝陽はそれだけ言うと立ち上がり、そのまま2階へ続く階段を上がっていった。
二人っきりになったリビングに、沈黙が流れる。
湊翔は軽く俯き、背中を丸めた。
……朝陽は、めったに怒ったりなんかしない。むしろ、人を怒らせることのほうが多い。
なのに。オレには、あの一瞬だけ朝陽が別人に見えたような気がした。気のせいなのかは、分からない。
「……俺、朝陽くんが怒ってるところ初めて見た。俺、なんかしたかな。謝らないと」
湊翔が立ち上がって階段に向かおうとするので、オレは慌てて椅子を飛び降りその腕を掴んだ。
素直なのはこいつの良いところだが、それは時に毒にもなったりする。
「……なにするの、日向くん」
オレと大して背の変わらない湊翔が、真っ直ぐ睨んできた。
「なにを謝るんだ、お前は」
「……それ、は」
負けじと強くその瞳を捕らえると、視線が逸らされる。
「謝る理由が分からないのに謝ったって、そんなの朝陽には伝わらない。……それに、さっきの朝陽は朝陽じゃない気がするんだ」
「……え」
「お前も、そう思っただろ?」
同意を求めるようにもう一度視線を合わし、手を離す。
すると湊翔は、力なく口の端を動かした。
「……うん。あれは朝陽くんじゃないっていうか……俺たちが今まで知らないふりをしてきた、朝陽くんだ。ずっと見てきた家族だから、それくらい分かるよ。だから、朝陽くんの気持ちが見えない」
「……ああ」
いつもうるさいし余計なことはするし、無駄に明るいし。だけど穏やかで優しく、家族の中心のような存在だ。
朝陽がなんであそこで怒ったのか、オレにも湊翔にも分からない。
7月31日。松田家・三男の誕生日のことなんてのは、そのとき当の本人だって忘れていたことだろう。
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