11

4階の端にある階段を目指し、オレたちは歩き出した。

一歩一歩、確かめながら進む。


階段の前まで来た。オレは坂上菜々に手はつないだまま腕につかまるように言う。

そっちのほうが、二人で踏み外さない。



時間をかけて一階まで来たオレたちは、保健室を目指す。

職員室などもすべて電気が消されていて、この校舎にはたぶんオレたちしかいないだろう。


保健室に着いて、なるべく音を立てないように中に入った。

薬品のにおいが鼻をつく。それは、ここが本当に保健室だということを確信させてくれた。

そのとき辺りがパッと暗くなる。スマホの充電が切れたんだ。

運動場に面した壁一面の大きな窓にはカーテンがなく、ガタガタと雨風が窓を揺らす台風が暗くてもわかる。


坂上菜々が手を握る力を強くした。怖いのかもしれない。



「……ごめんな、さい」


「え」



前触れもなく少し後ろにいる坂上菜々がとつぜん謝りだした。

繋がる手が、震えるのがわかる。



「……私がっ、私が、いい子じゃなかったから……っ」


「坂上さ……」



何事かと振り返ると、おびえたように揺れているうるんだ瞳と目があった。



「やあっ!」



しゃがんだのでオレもその目の前へしゃがみ、目線を合わせる。

坂上菜々が嫌がったとしても。

たぶんこれは、本当の坂上菜々じゃないから。


俯いて顔をあげない。そっとその背中に触れる。

オレよりも少しだけ小さくて、冷たい。


……しかし数秒後、坂上菜々は気を失ったかのようにバタッと倒れた。



「へ」



思わず間抜けな声が出る。

そのあと、雨の音にまぎれながらすうすうと薄い寝息が聞こえてきた。



「……マジかよ」



オレはその様子に脱力する。

いやいや、この状況で寝るとか……アリなのか。


完全に置いてきぼり状態のオレは、床にどたんと腰を下ろして天井を見上げた。

変なとこに気張ってたからか、なんだかどっと疲れが出た気がする。


……とりあえず床で寝かせるわけにはいかないし、ベッドに連れていくか。

ランドセルを下ろしたオレは、坂上菜々を時間をかけて背負う。そっとベッドまで運び、こっちもランドセルを取って横にならせた。胸のあたりまで布団を掛ける。これでいいか。


想定外に汗をかいたオレは、保健室のシャワー室で汗を洗い流した。

暑いような寒いような微妙な気温を感じながら身体を持っていた汗拭きタオルで拭き、あくびをする。


分からないが、たぶん時間は10時過ぎとかだろう。オレも早く寝よう。

昼間着ていた体操服をパジャマ代わりにして、隣のベッドに入る。

坂上菜々はこっちを向いていて、暗くて表情までは分からないが、たぶんさっきみたいに泣いてはいないだろう。



結局なにも言えず、なにも聞けなかった。


修学旅行の班活動のことも謝罪どころか話すことすらできなかったし。

それにさっきのこと。

あれはなんだったんだろう。たぶん変に深掘りしちゃいけないんだろうけど、気になるには気になる。

なにもかも分からずじまいだった。だが、今日で坂上菜々のことがほんの少しだけ見えた気がする。たぶん気のせいじゃない。


視界が暗くなると同時に、台風の音がだんだんと遠のいていった。

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