9

「…………あの、ま、まつだくん……」


「なんだ」



さっきとは違い、ひどく消え入りそうな声だった。



「ちゃんと、いる?いてくれて、ますか?」


「ああ」



返事をすると、坂上菜々がほっと息をつくのが聞こえる。

もしかして、暗くて見えないからオレがいるか確認したんだろうか。



「坂上さん」


「な、なに、松田くん」



坂上菜々の声は、震えていた。


「手を貸せ」



数秒後、そっと暗闇から手が伸びてきた。でもオレは認識することができず、右手がサッと空を切る。

もう少し奥に、真っ直ぐもう一度伸ばせば、何かを掴んだ。


手だと確認すると、オレはそれをぎゅっと握った。



「こうすれば、オレがいるって分かるだろ」

「……うん。ごめんなさい、ありがとう」

「謝らなくていい。お礼だけでいいから」



坂上菜々の指先は、初夏だというのにとても冷たかった。

柄にもないことをしたからか、緊張で心音が加速していく。


こんなので、坂上菜々の不安が果たして和らぐのかは分からない。

しかし、オレにできることがあれば、やる。

その考えは、坂上菜々に対する罪悪感から来ているものだった。


たった、それだけ。それ以上もなければそれ以下もない。


「坂上さん」

「うん」

「話さないか、なにか。別に、いやなら断ってもいい」



オレは前を見て話しかける。たとえ、見えなくても。


「……いやじゃ、ない。話すの」

「そうか」



とは言ったものの、なにを話すかは決めていない。



———坂上菜々とは、ただのクラスメイトだった。

今までまともに話したこともなく、関わりもない。

今年初めて同じクラスになるまで、その存在を知らなかったくらいだ。


オレは坂上菜々を、知らない。

そして、出来ることといえば……。


———坂上菜々を、知ることだ。



「……質問、しあうのはどうだ」

「しつ、もん?」


「ああ。これからあと半年以上クラスメイトなわけだし、修学旅行も同じ班だろ。質問しあって、互いを知る。もちろん、答えにくいことは答えなくていい。それは自由。どうだ」



正直、かなり大胆だ。仲がいいとか良くないとか以前にオレたちは、異性なわけだから。

坂上菜々がもし男子と仲良くしたくないのなら、迷惑だろうから。

しかし、坂上菜々の返答は予想外なものだった。



「……いいよ。私も松田くんのこと、知りたい。だから、お願いします」

「……ああ、分かった」



オレは確かめるようにその手をぎゅっと握りなおす。

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