8
「坂上さんは、連絡しなくても大丈夫か?」
一応そう聞いてみると、ふるふると首を振る。
「……電話しても意味ないから。……大丈夫」
“電話しても意味ない?”どういうことだろう。
膝あたりまであるスカートの裾をぎゅっと握りしめてそういう坂上菜々に違和感を覚えたが、まあ本人がいいというのならいいんだろう。
というかそもそも、オレは誰かの言動についていちいち考えるような性格じゃないはず。それなのに、今、なんでだろうって思った自分が不思議だ。
「とりあえず、座ろう」
気持ちを切り替えるようにそう言い、坂上菜々の席の椅子を引いて座るよう促す。
オレはその隣の席に腰掛ける。
「あ、ありがとう」
坂上菜々はぎこちなさそうにお礼を言いながら、静かに座った。
……さて、ここからどうしようか。バレたらまずいから、教室はもっと遅い時間にならないと出られない。
本当に今の季節が冬じゃなくてよかった。と思うのと同時に、雨じゃなければ、いやせめて台風じゃなければ容易に脱出できたかもしれないのにと考える。
でも、今はそんなことを考えていても仕方ない。とにかく、ここで一夜を過ごす覚悟を決めないといけない。
オレは正直そこまでだが、心配なのは坂上菜々だ。
家に連絡もしていないし、なによりオレに巻き込まれた側で。
不運だったな、なんてそんなこと言えるわけもなく。
とりあえず対処法とか、するべきことでも検索してみるかとライトを付けたままのスマホの検索欄を開いた。
「……あ、あの……」
そのとき暗闇の中から声が聞こえ、顔をあげる。
ここには二人しかいない。確認しなくても坂上菜々だ。
「どうしたんだ」
「え、と」
するとそのまま黙ってしまい、オレはどうしたらいいのか分からなくなる。
朝陽や湊翔ならうまく話して場を明るくするんだろうが、そういうのは生憎苦手だ。
とりあえず、話したいことがあるなら待ってみよう。そう思ったとき。
「ど、どうして、ここに来たの?あのとき……。みんな、帰ったと思ってた、から……」
ああ、そういうことか。
オレは坂上菜々に話があってここに来たんだ。
……今、話してしまおうか。
でも、話をして坂上菜々をさらに不安にさせるなら、やめたほうがいい。
それに、時間はある。夜が明けるまでに、どこかで言えばいい。
「坂上さんに話があったんだ。でも、あとでにする。心配するな」
「うん……。分かった、ありがとう」
それからしばらく、沈黙が続いた。
こんな台風の夜、暗い学校に閉じ込められては話す気力も起きない。
というか、話題がない。でもまあ、別に話さなければいけないわけではないし。
時刻は午後6時半。教室に来てから、2時間も経ったのか。
100%に近かったスマホの充電は、ライト機能を使っているせいで46%にまで減ってしまった。だから今は、ライトの明かりを切っている。
そのせいで、目の前にいるはずの坂上菜々の姿さえ見えない。
オレは机に頬杖をつきながら考える。
仮に教師が帰り、学校が完全施錠されるのが8時だとした場合、この教室を出るのはそれ以降。
飲むのは水筒に残った水と、水道水。災害時に備えた非常食が体育館裏にあるだろうが、使ってしまえば絶対にバレる。
一晩飯を抜くくらい人体に影響はないので、食事はしない。
寝るのは保健室だろうか。床でなんて寝たら、身体が痛くなる。
そして教室で登校時間までバレないよう待機し、早く登校してしまった、ということにすれば、バレないで済むだろう。
正直、事がそこまでうまく運ぶとは思えないが。やってみなきゃわからないし、これしか選択肢はない。
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