6

……いた。よかった。


ちなみに教室には坂上菜々しかいなかった。女子たちはもちろん、担任もいない。

今が絶好のチャンスだ、確実に。


どうか、いい方向に展開が行きますように。



オレは二回ほど深呼吸をする。分かりやすく心臓は、緊張でうるさいくらい早鐘を打っていた。


坂上菜々の席は一番前。ここからじゃ距離があるからか、オレの存在には気が付いていない様子。でもそのほうが好都合だ。

気が付かれたら、話すことを拒絶される気がする。


オレは意を決して教室に入り、少しずつ近づいていく。

そして、その席の近くまで来たときだった。



バリバリバリッッ!!!!!



「きゃあっ!!」



突然、外で大きな雷がなったのだ。同時に、悲鳴が聞こえる。

驚いて、思わずうおっと声をあげてしまう。


しまった、と思った。



だけど、そう思ったときにはもう遅い。



「誰?……誰か、いるのっ?」



坂上菜々が耳を塞いで肩を縮こませながら、そう尋ねてきたのだ。

しかも、その声が妙に大きい。だけどなぜか振り向かない。


バレてしまっては仕方ない。返事をするようにオレは彼女の肩を叩こうともう少し近づこうとしようとした瞬間。



「だめ、答えないで。怖いから。あ、あの、呪ったりしないでください。私、なにもしないから……っ!」



坂上菜々が急にしゃべりだしたのだ。その声が、微かに震えている。どうやら、オレを幽霊かなにかと勘違いしているみたいだった。


それなら、ちゃんとクラスメイトだと言ったほうがいい。オレは今度こそ、その肩を叩いた。



「坂上さん」

「きゃああっ!」



その瞬間、触れた肩がびくっと大きく震え、悲鳴をあげる。

さすがにそんなに怖がられると、少し胸に来るものがある。


ここまでしてもまだ振り向かないので、思い切って名前を言ってみた。



「オレ、松田日向だけど」

「え……?」


「大丈夫か、坂上さん」



怖がっているみたいなのであまり刺激しないよう、身体には触れずにそう言う。



「あの、振り向いても大丈夫ですか?襲ったり、しないですか?」


「しないけど」



オレがそう返事をしてから数秒。ゆっくりと振り返った。


……え。



オレは、その表情に驚く。

……こちらを見る坂上菜々の目には、涙がたまっていたのだ。


今にも、零れ落ちそうなくらいに。



「……まつだ、くん」



声が聞こえたかと思えば、もう一発雷が鳴った。

さっきよりも音が大きい。



「きゃあっ!!」



坂上菜々がまた悲鳴をあげた。


かと思えば。


なんと、坂上菜々は椅子から立ち上がってそのままオレに抱き着いてきたのだ。

それも思いっきり、強く。


とつぜんのことに、オレは声が出ない。いや、出せないというほうが近い。

しばらく理解が追いつかなかったが状況を把握した途端、少し落ち着いてきていた心臓が、また早鐘を打ち始めた。



なんだこれは。どういう状況だ?



でもそれもほんの少しの間のこと。はっと気が付いたように、坂上菜々はぱっとオレから両手を離した。



「え、あっ、ごめん、びっくりして……っ」


「いや、別に。大丈夫だから」



正直大丈夫ではないが。女子に抱き着かれたのなんて初めてだし。


目の前には、顔を真っ赤にして俯く坂上菜々。外は真っ暗だが教室の電気は一部分だけついているので、バッチリ見えてしまっている。



「でも、松田くんでよかった……っ」



そう言って安心そうにぽろぽろと涙を流す姿に、「どうしてよかったんだ」と問いたくなったがやめておくことにする。


それよりもオレには、聞かなければならないことがある。



「松田くんは、なんでここにいるの?」



と思ったのだが、先を越されてしまう。心臓の音は、少し落ち着いてきた。



「坂上さんに、用があったんだ」

「……え」



坂上菜々は涙をぬぐう。そちらも落ち着いたみたいだ。


そういえば、予定では単刀直入に切り出すはずではなかった気がする。

でも、まあいい。話すきっかけは作れた。



「班のことですこ……」



“少し話があって”と続けようとする。けど、微かに廊下の方から音が聞こえたような気がして口を閉じた。


そのあとに足音。誰か、来る。もしかしてと思い上の方を見上げれば、時刻は4時45分を差していた。

幽霊ならまだいい。多分あの足音は、見回りだろう。先生だろうか。



それが本当なら、さすがに見つかったらまずい。

オレだけならまだいいが、坂上菜々だっている。だって彼女が今ここにいるのはオレの責任なのだ。話しかけられなければ、坂上菜々は4時半までに下校出来ていたのだから。


すると、一つの場所が目に入った。

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