第2話 移り変わる日々 side日向

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「日向ー、日向ー、ひーなーたーっ!」



6月も終盤に近づくある日の昼休み。教室の自分の席で突っ伏していると、突然右耳のほうから大声が聞こえた。


……この声は。


眠気で重い頭をあげながら右方向へ振り向くと、クラスメイトの内田翔太うちだしょうたの姿があった。その隣には、同じくクラスメイトの島田永遠しまだとわがいる。



「翔太うるさい。耳元で大声出すな」



オレは右耳を手で塞ぎながら顔をしかめた。



「なんだよー。日向がぼーっとしてたのが悪いだろ。なあ、永遠」



翔太の視線が隣へ移る。あは、と永遠が小さな声で笑った。



「で、なにしにきたの」

「いや、別に用事はないぜ。暇だったから来てやった」


どこにドヤる要素があるのかは分からないが、翔太は胸を張ってそう言う。


この上から目線にも最初はイラついていたが、慣れてしまえば意外と大したことはない。というか、コイツのせいでオレのスルースキルが日々向上している。



「でも、ほんとにやることないよね、雨の日の昼休みって。まあ、梅雨だから仕方ないか」


永遠がそう言いながら、ふわあとあくびをした。

確かに、ここ最近雨が降り続いている。永遠が眠そうにしているのもそのせいだろう。でもまあ言う通り、梅雨だから仕方ないのだが。



何日もこう天気が悪いと、さすがに気分も落ち込んでくる。家では湊翔が「サッカーの練習できないー!」とか叫んでるし。

オレの鼓膜が破れる前に、なんとか早く明けてくれないだろうか。梅雨。


オレは机に頬杖をつきながら雨の降りしきる窓の外を眺めてみる。まあここは廊下近くの席だから、ちゃんとは見えないが。

そのまましばらくぼーっとしていると、思いがけない言葉が飛び込んできた。



「なー日向。そんなにぼーっとして、もしかして好きな子でもいんのか?」


「……はあっ?」



コンマ20秒。オレにしては返しに少し時間がかかる。

今、翔太が言ったんだよな?恋情とか人生において無縁みたいなコイツから、まさかそんな言葉が出てくるとは信じがたい。


少し眉をひそめながらオレは後ろへ振り返る。



「あっ、その反応はいるんだー。いっがーい」

「お前の方が意外だよ」



そう言い返してやると、翔太が分かりやすく口を尖らす。



「えー、せっかく日向の弱み握れたと思ったのに~」

「翔太はオレの弱みを握ってどうするんだ」


「あれ、でも日向、否定はしないんだね。それは、いるってことだよね?」

「永遠まで何を言ってるんだよ」



今度は翔太ではなくその右隣に向かって言う。

なんでこう、勝手に話を進めるんだ。この二人。なにかオレに恨みでもあるのか?



「否定はしない――」


「するから、否定!そんなヤツいないし」



これは照れ隠しではなく、本心だ。

オレに好きなヤツなんかいない。というか今までいたこともないくらいだ。



「ふーん。まあ、日向もいずれ付き合うことになったらさ、あのくらいの美少女にしろよ?」



翔太の顎で示した先には、女子が3人くらいで窓際で話していた。

正直誰とも個人的な会話はしたことがない。


だけどせっかく、せっかく翔太がそう言ってくれたので、一応3人の誰かと聞いてみる。



「そっちじゃねーよ。右、右」


「……坂上さかうえさん?」




永遠がそう聞くと、翔太はうんうんとおもむろに大きく頷く。

確かにさっきの3人の近くには、“坂上さん”といわれる女子が、席に座って問題集を開いていた。


坂上さん、フルネームは坂上菜々さかうえなな。肩のラインできれいに切りそろえられたボブに、小学生とは思えないほど大人っぽい雰囲気のクラスメイトだ。



「学年一の美少女だって噂だぜ?たしかにかわいいし美人だよなー。ワンチャン学校一の可能性もある」

「だからなんだよ」



二人の方へ向き直りながら呆れたため息をつくと、まあまあそう言わずにさあ、と翔太に肩を叩かれる。



「日向は一応児童会長でイケメンだし背も高いし、美人な女子の一人や二人イチコロだろ」

「オレにそんな趣味はないけどな。というか一応児童会長ってなんだよ」



オレは一応ではなく確実に、この学校の児童会長だ。いつも昼休みのこの時間は児童会の会議や集まりがあるわけだが、今日はたまたま休みだったのだ。

でも別に児童会長だからといっても一般児童とは変わりないし、ちやほやされるわけでもない。



「そっか〜。まあ、日向は恋だの愛だのっつーより、勉強と勉強と勉強と勉強と水泳だもんなー」

「水泳の割合、もう少し多くてもいい気がするが」




翔太は急に熱が冷めたのかさっきの勢いはどこへやら、頭の後ろで手を組みながらのんきそうにする。


でも、そうだ。翔太の言う通り、オレは恋だの愛だのにまったくと言っていいほど興味がない。

恋愛をしている暇があるなら児童会長として仕事に精を出して、勉強しながら水泳もやって、こうやって翔太や永遠と話しているほうがいい。



誰かを好きになって、相手の言動や行動で一喜一憂することが、オレには向いてないんだと思う。

人生、恋愛以外で満たせることなんていくらでもある。少なくとも自分には。



オレは本気で、そう思っていた。

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