8
昔、俺が初めてみはるちゃんに会ったときは、今ほど好きではなくて。
いっても俺は、そのとき二歳だったし。
初めて見た印象なんてもちろん記憶になんて残ってわけはなく。
「俺、名前みなとっていうんだ!君は、なんていうの?」
「え、えっと……。み、はる」
「み・はるちゃん?」
「ち、ちがう」
「え?」
「っ、みはる。ななせ、みはるっ」
ただ、自分の名前を一生懸命に叫ぶみはるちゃんの姿がなぜか脳裏に焼き付けられている。
俺は小五くらいまで、女子をちゃんと意識したことはなかった。
そんなころクラスの男子の間では、どうやったら女子のご機嫌取りができるかの話し合いがたびたび行われていた。
そして、俺たちのなかで出た結論が。
女子を、とにかくほめること。
そんな、嘘の気持ちでほめるなんてどうなのかなって思ったけど。だって、ほめるなら素直な気持ちで言いたい。
でも、素直に言える日は近いものだった。
それは、秋の深まるある日の昼休みのこと。
「うーん、暇すぎる~」
今日は図書委員の友達が休みで、代わりにその仕事を引き受けていた。
椅子に座って受付のカウンターに肘をつきながら、落ちてくる重い目をこする。
空は気持ちいいくらい真っ青で、運動場からは楽しそうな声が聞こえる。
こんなに外で遊ぶのに最高な昼休みを、図書室で過ごしている人なんているわけもなく。
他の係の人は五年も六年生もなぜか誰も来ないし、図書の先生も用事でいないらしい。
この静かで日当たりのいい図書室。絶好の昼寝場所だよ。
カウンターに突っ伏して本気で昼寝でもしようかとしたとき、図書室の奥の方に人影が見えた気がした。
後ろのドアから入ってきたのだろうか。前のドアの近くにあるこの受付からじゃ、本棚の陰でよく見えない。
というか、それよりも眠すぎることが問題。これじゃ午後の授業も絶対寝る……。もう諦めて五時間目は寝てしまおうか。
そう、考えていたときだった。
「あ……」
俺は小さく声を漏らす。
後ろから入ってきたと思われる一人の児童は一冊の文庫本を手に持っていた。
運動場に面する窓側向きのカウンター席に座ると、そっと本を開く。
ここからじゃ、横顔しか見えない。だけど、その少し伏せられた瞳が、俺にはきらきらと淡い光を放っていることが分かる。
肩に付かないくらいまでの長さのさらさらの髪を耳にかけるしぐさが、妙に美しく見えた。
俺の目が一気に覚める。
きれいだなと、心の底で思った。
その人の正体は。
「みはる、ちゃん」
その名前を、俺は自分にしか聞こえない声量でほとんど無意識に呟く。
ずっと、ただの幼なじみだと思っていた。……このときまでは。
だけど、今の一瞬で、落ちてしまった気がする。
なんて柄にもなく、11歳の俺はそう思った。
それから、俺はみはるちゃんに素直に気持ちを伝え続けている。もうあれから一年半も経つと思うと、なんだか感慨深い。なんて。
今年も同じクラスにはなれず、おまけに俺は二組でみはるちゃんは五組とだいぶ離れてしまったけど。
そんなんで、俺の気持ちは変わったりしないから。絶対に。
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