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結局お昼休みに圭太くんに怒られながら教えてもらい、なんとか五時間目の英語の授業までにギリギリ間に合った。

圭太くんはああ見えて世話焼きなのだ。だから学級委員なのだろう。


小学校と中学校の違いで中学の数少ないいいところって、宿題を前日にやってなくてもその授業までに終わらせればいいってところかな。



「じゃ、さよーなら~」



終礼が終わった瞬間騒がしくなる教室は、完全に部活モード。

俺らはまだ中学生になってから二か月しか経ってないから、部活も本格始動してまだ少ししか経ってないと思う。


まあ、俺はというと、部活には入っていない。この王鈴中学校は生徒全員部活に所属しなければならない規則なのだが、俺のように外でスポーツをやっていたりすると所属は免除になる。


俺と朝陽くんの入っているサッカーチームは、この辺じゃ県大会に出たとかで結構有名。だから、学校で部活の朝練がない代わりに、ほぼ毎日放課後はサッカーの練習がある。今日は休みだけど、帰ったら公園かどこかで練習しようかな。


大変だけど、楽しいからオッケーだ。



俺はゆうくんと一緒に教室を出て、下駄箱あたりで別れる。

学校玄関はしんと静まり返っていた。外に出ると、初夏の生暖かい空気が肌に直接当たる。

いつもは誰かと一緒に帰るんだけど、今日はめずらしく誰もいない。朝陽くんやみはるちゃんも見当たらない。


ちなみにみはるちゃんは文芸部所属なんだけど、その文芸部、顧問の先生が男子テニス部と兼任らしくほぼほぼ文芸部には顔を出さないため、幽霊部員が多いらしい。うちのクラスでは実質帰宅部だとか言われている。


でもみはるちゃんは本が好きだから文芸部に入ったって言ってた。文芸部自体の活動はほぼないけど、毎日放課後は図書室とかで本を読んでいるらしい。さすが、真面目なみはるちゃんだよね。



というか、ほんとに誰もいないな。同学年じゃなくて他学年でも、一人くらいはいていいものだけれど。

こうなればしかたない。一人で帰るとしますか。

俺はそう考えにたどり着き、学校の正門を出た。


いや、出ようとした瞬間だった。




「湊翔ーっ!」


「えっ?」



突然、後ろから俺の名前を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。

なにかと思って立ち止まって振り返ってみれば、校舎の方から人が走ってくるのが見える。


女子生徒……っぽい?

あれっ、なんか速くない?

走っているにしては驚異的なスピードでこちらまで来る。



「あっ待って追い越すっ!」

「うわっ」



全力疾走とまではいかないけど、走って勢い余ったその人は俺のことを追い越していった。

とたん、真横に強めの風が吹いて声をあげる。


五メートル先ほどで止まったかと思えば、肩で息をしながらこっちを振り返った。



「やっぱり湊翔だ!一か八かだったんだよねー」



ふう、一息ついて暑そうに前髪を横に流す。



「心那ちゃん?そんなに走ってどうしたの?」



そう、校舎から走ってきたのはまぎれもなく心那ちゃんだ。

といっても、俺も今気づいたんだけど。




「いや、今日誰も帰る人いなくてさー。朝陽はなんかいないし。そしたら、湊翔がいたってわけ」



楽しそうに笑った心那ちゃんは、さっきの息切れが嘘だったかのように歩き出した。

俺も、それについていくように止めていた足を動かす。



「心那ちゃん、今日は部活ないの?」

「そう。顧問が出張だか何だかでいないらしくて。まだ大会までは時間もあるし休みになったんだ」

「へー、そうなんだ」



ずれたリュックを背負いなおしながら相槌を打つ。


心那ちゃんは陸上部所属で、そのとおり足も速い。50m走も確か7秒台くらいで俺とあまり変わらないくらいだったと思う。

今度こそ校門を出る。心那ちゃんと一緒に出ることは予想外だったけど。



「う~んでも、正直ほぼ毎日走ってるからさ、部活ない日って体力有り余るんだよね~」



心那ちゃんは大きく伸びをしながらそう言う。

確かに陸上部って練習ハードだって聞くし、所属している本人がいうのならそうなんだろう。




「だから、今日の放課後走ろっかなーって思ってて。湊翔は今日サッカーあるの?」

「ううん、今日は休み。俺も放課後、ちょうどサッカーの練習でもしようかなって思ってたところ」


「そっか。湊翔、夏休みの県大会出場確定なんでしょ?朝陽がそう言ってたよ」

「うん。俺、絶対優勝するから!だから、練習も頑張らなきゃ」




信号に差しかかり、横断歩道の前で止まる。

話が終わったからといって特に別の話題を振ることもなく静かに待つ。

そういえばここの信号、長いんだっけ。


しばらくぼーっとしていると、ふいに右からの視線に気が付く。

心那ちゃんがこっちを見ているのかな。


話しかけてくる様子もないのでこっちからいってみることにする。



そうして右を向いて口を開こうとしたら、先に心那ちゃんが言ってきた。

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