第24話 新しい家族

「お嬢様に何を言った?」


 ロレンツォに睨みつけられ、マルティナは身体を震わせた。


 マルティナのこんな表情、初めてみたかも。


「わ、わたくしは……」


 マルティナの声は震えている。しかし、ラウラと目が合うと、再びラウラを睨みつけた。


「売春婦と同じだと、そう言ったのよ! そして貴方は、金で女を買った卑しい男だわ!」


 慌てた顔でアリアンナがマルティナの肩を掴んだ。

 しかし、マルティナの叫びは止まらない。


「お姉さまなんて、顔しか取柄がないんだから! 死んだアンタの母親と一緒ね!」

「黙れ!」


 怒鳴ったのはロレンツォではなく、ラウラの父・ベニートだった。

 いきなりのことに、マルティナが驚きで固まっている。


 お父さまがマルティナに怒鳴るところなんて、初めて見たわ。


 婿養子という立場の父は、昔からアリアンナとマルティナには頭が上がらない。だから、怒るどころか、注意することすら稀だった。


「……お父さまは、お母さまを愛しているのね」


 ラウラの言葉に、ベニートは力強く頷いた。


 私を産んですぐに死んでしまったお母さま。わたくしには、お母さまの記憶は全くないわ。


「そしてお父さまは、わたくしのことをちっとも愛していない」


 亡き母を悪く言われて激高した父がラウラのために怒ってくれたことは一度もない。

 嫌われてはいないと思っていたが、それもきっと、ラウラの見た目が母親に似ているからだろう。


「ラウラ、そんなことは……」

「もういいの」


 悲しくはない。むしろ、清々しい気分だ。


「ロレンツォ、行きましょう。わたくし、もうここにはこないわ。お父さまたちにも、出ていってもらいたいの」

「お嬢様……」

「わたくしは、この屋敷が好きなの。ロレンツォがいて、優しいみんながいて」


 すう、と大きく息を吸う。


「だからここに、この人たちはいらないわ」


 大好きな場所に、ロンバルディ家の人々は誰一人として必要ない。

 そして、これから先の人生にだって。


「お姉さま! そんなこと言わないで! わたくしたち、血の繋がった姉妹じゃない!」


 縋るようにマルティナが叫ぶ。確かに彼女とは、半分同じ血が流れている。

 でも、それがなんだというのだろう。

 マルティナはラウラをいじめ、実父であるベニートは見て見ぬふりをしていた。

 血の繋がりがラウラを助けてくれたことなんて、一度もない。


「そうね。でももう、わたくしたちは他人だわ」


 はっきりと告げ、マルティナに背を向ける。すると、ロレンツォがマルティナのもとへ歩いていった。


「お嬢様がお優しいから、プリマヴェーラからの追放で済ませてやる。本当はお前ら全員、海に沈めてやりたいんだ」

「ひっ……!」


 マルティナは情けない声を出し、それだけは……! と頭を下げた。


「お嬢様はこれから、世界で一番幸せになる女性だ。俺がそうすると決めているからな」


 そう言って、ロレンツォはラウラの腰を抱いた。

 驚いたラウラに、とびきり甘い笑みを向ける。

 そして、冷ややかな眼差しでマルティナを睨みつけた。


「お前らは、せいぜい地獄でお嬢様に嫉妬していろ」


 行きましょう、とロレンツォがラウラの手を引く。振り返らず、二人は階段を上がった。





「ありがとう、ロレンツォ」

「……最初から、呼んでくれたらよかったのに」

「自分でちゃんと向き合わなきゃって、そう思ったの」


 頷いてはいるが、ロレンツォは不満げだ。きっともっと甘えても、ロレンツォは笑顔で受け止めてくれるのだろう。

 でも、甘えるだけなんて嫌だから。


「今日の夜にでも、彼らを追い出しましょう」

「……少しの路銀を持たせてあげたいわ」

「仕方ありませんね。本当は、無一文で放り出したいところですが……野垂れ死ぬなら、できるだけ遠くがいいですし」


 そうね、とも言えず、ラウラは曖昧に頷いた。





 海から吹く風は冷たい。とはいえマルティナたちが震えている原因は、寒さだけではないだろう。

 路銀と、必要最低限の防寒具は渡してある。


「さようなら」


 なるべく感情を込めない声で言う。アリアンナは俯き、マルティナはラウラを睨みつけ、ベニートは縋るような眼差しを向けてくる。


「お嬢様。夜は冷えます。中へ戻りませんか」

「ええ」


 三人に背を向け、屋敷へ戻る。彼らはロレンツォの使用人によって、ただちにプリマヴェーラの外へ運ばれる予定だ。

 そこから先は、彼らが決めること。

 三人で生きても、ばらばらで生きても、ラウラの知ったことではない。


 屋敷に戻ると、メイドのエリザが温かい紅茶を用意してくれていた。


「安眠できると評判の茶葉なんですよ」

「ありがとう、エリザ」


 ほっとする味だった。それになんだか、眠くなってきた気がする。


「お嬢様」

「なにかしら?」

「これで、私もお嬢様も、家族のいない身になってしまいましたね」


 寂しいことを言っているわりに、ロレンツォの表情は明るい。


「ええ、そうね。でも、それでいいわ」

「はい。私もそう思います」


 にっこりと笑って、ロレンツォはラウラの手を握った。


「これから、新しい家族を作ればいいんですから」

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