第23話 決別の時

「じゃあ、またね!」


 手を振って、フラヴィアが屋敷を出ていった。その背中が見えなくなってから、ゆっくりと扉を閉める。

 今日は、フラヴィアが屋敷にきてくれたのだ。目的は、祭りの打ち合わせである。


 まあ、ほとんど普通におしゃべりしちゃってたけど……。


 祭りの話をフラヴィアにしたところ、絶対に出店したい! と言ってくれた。祭りのために、鞄や髪飾りなどをいくつか作ってくれるそうだ。

 日頃フラヴィアは服を専門としていて、小物類の製作はまだ修行中だという。そのため、試作品を安価で販売するつもりらしい。


 フラヴィアの作る物はどれも可愛いから、絶対に人気になるわ。

 それに、ちょっと派手な物って、お祭りと相性がよさそうだし。


 ロレンツォと何度も話し合い、祭りのテーマは『仮装』になった。

 理由はいくつかある。中でも最も大きいのは、事前に盛り上がりが期待できることだ。

 祭りの前に衣服や小物類を販売すれば儲けも出るから、当日祭りに参加しない商人たちも盛り上げようとしてくれるだろう。


 それに、普段はできないような格好をするのって、きっとすごく楽しいもの。


 他の行事と重ならない時期を選んだせいで、祭りの日と紐づけられるようなものがなかった、という現実的な事情もある。

 仮装というテーマは想定よりも評判がよく、今では参加したいと頼み込んでくる商人までいるそうだ。


「開催まであと1カ月半……。長いような、短いような……」


 ここのところ、ラウラもかなり忙しい。ロレンツォと相談して仕入れる品を決めたり、値段を決めたり。

 それから、祭りの運営について自治会と会議をしたり。


「本当に楽しみだわ」


 祭りが成功したら、どんな気分になるのだろう。想像するだけで力が湧いてくる。


「……それと」


 深呼吸をして、ラウラは地下へ続く階段を見つめた。

 この下に、ロンバルディ家の人々がいる。

 父と話して以来、地下には足を踏み入れていない。考えないようにしていた。


「でも、それも、もう終わりにしなきゃ」


 なかなか自分の感情を整理できなくて、向き合う時間がとれなかった。

 なにより、苦しい思いをさせられた分、彼らも苦しめばいい、という気持ちがあったのは事実だ。


「だけど、もういいの」


 ロレンツォに助けてもらった。フラヴィアという可愛い友達もできた。人に希望を届けたいという夢もできた。祭りを成功させるという目標もできた。

 だから、もういい。これ以上、彼らに囚われたくない。


 胸の中に、ずっと残っている黒いしこり。それを、切除する時がきたのだ。


 深呼吸をして、ゆっくりと階段を下りる。ロレンツォには、このことは伝えていない。まずはちゃんと、自分一人で向き合いたいから。


 階段を下りると、以前と同じく見張りの男たちがいた。前と違うのは、三人が全員起きていたことである。


「お姉さま!」


 真っ先に声を上げたのはマルティナだった。鉄格子を両手で掴み、燃えるような眼差しをラウラへ向けてくる。


「早くここから出しなさいよ!」


 こんな状況だというのに、相変わらずの態度だ。見張りの男がマルティナを咎めようとしたのを、そっと右手で制する。


 マルティナは、こうじゃなくちゃね。

 今さら、殊勝な態度で謝られたって困るだけだもの。


「ええ。そのつもりよ」


 ラウラが答えると、マルティナが瞳を輝かせた。


「本当!? いつ!? わたくしたちも、お姉さまのように暮らせるのよね? 早くお風呂に入りたいわ。それに美味しい食事も」


 図々しい要求を始めたマルティナの後ろで、義母もそれが当然だとでも言いたげな顔をしている。

 生まれた時から大商家の娘として育った彼女たちにとっては、丁重に扱われることが当たり前なのだろう。


「それは無理」


 ラウラがきっぱりと答えると、はあ? とマルティナがラウラを睨んだ。


「貴女たちをここから出すよう頼んであげる。でもそれは、もう貴女たちのことを見たくもないし、考えたくもないからよ」


 マルティナたちがここにいる限り、完全に頭の外へ追いやることはきっとできない。

 だからこそ、彼女たちをここから出すのだ。


「はあ!? じゃあ、わたくしたちにどうしろって言うの? どうやって生きていけって言うのよ!」


 マルティナが怒鳴る。ラウラはにっこりと笑って返事をしてやった。


「好きなように生きたらいいわ。ただしここからは……プリマヴェーラからは出ていってもらうから」

「……は?」

「少しの路銀は用意してあげる。どこへでも行って」


 マルティナたちのことは一生許せない。けれど、憎み続けるのは嫌だし、一生彼女たちをいじめてやりたいなんて思わない。

 どうするべきか、かなり悩んだ。そして、彼女たちを追い出すことにした。


 祭りの前に、どうしてもここから去ってほしいの。

 大事な日に、マルティナたちはいらないから。


「なによそれ……! お姉さまなんて、見た目くらいしか取柄がないくせに!!」


 マルティナが大声で言った。


「どうせ、あの男に媚びてわたくしたちをいじめたんでしょう!? ロンバルディ家が没落したのも、全部アンタのせいよ!」


 マルティナは鉄格子の隙間から手を伸ばした。もちろん、ラウラには届かない。


「汚い! アンタなんて、売春婦と同じだわ!」


 マルティナが喚き続ける。アリアンナは無言でラウラを睨みつけ、そして、父は俯いていた。


「お嬢様!」


 ロレンツォの声がした。そして、慌てて階段を下りる音が聞こえる。

 ロレンツォはまだ帰宅していなかったはずだが、いつの間にか帰ってきたようだ。


 最後まで、一人で話を終わらせるつもりだったんだけど……。


「おい、お前」


 ロレンツォがマルティナを睨みつける。その瞳は、どんな刃物よりも鋭かった。

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