第22話 全部私の物
「お祭り?」
ラウラの言葉に、ロレンツォは目を丸くした。ロレンツォにとって予想外のアイディアだったのかと思うと、なんだか誇らしい。
「ええ。普段なら、路上販売の店には特別感がないわ。でも、お祭りと銘打てば違うと思うの」
祭りの日には、いつも以上に路上販売が増える。食べ物を扱う店も多いが、雑貨類を扱う店だってある。
食べ歩きをする人々が多い祭りでは、路上販売を行う商人の方が目立てるからだ。それに、祭りの日は人々の財布の紐が緩む。
「なるほど。確かに、いい考えですね」
「ロレンツォもそう思う!?」
「ええ。それに、どうせやるなら、とことん派手にやりましょうか?」
「……派手に?」
にや、とロレンツォが笑う。やっぱりロレンツォにはまだまだ敵わないな、と思うけれど、落ち込みはしない。
だってそんなの、当たり前だもの。
これからもっとたくさんのことを考えて、いろんなことを経験して……いつかわたくしも、ロレンツォに肩を並べられるような商人になりたいわ。
そうなって、たくさんの人に希望を届けたい。
「ええ。いろんな商人に声をかけて、大きな祭りにするんです。自治会にかけ合って、街中で宣伝してもらうのもいいですね」
「……そんなことできるの?」
「もちろんですよ。いや、それにしてもいい考えですね。それがもし上手くいけば……」
ロレンツォは顎の下に手をあて、ぶつぶつと呟き始めた。
どうやら、ラウラのアイディアがロレンツォを刺激してしまったらしい。
「ありがとうございます、お嬢様。お嬢様のおかげで、いいことを思いつきました」
「いいことって?」
「私が主体となって、大きな祭りをすることですよ。数年続けて街の伝統行事にできれば、長期にわたって利益を得られますからね」
伝統行事を作るなんて、大胆な発想だ。
でも、ロレンツォらしい気もする。
それに、どれだけ昔からある行事だって、最初に始めた人がいるんだもの。
ロレンツォが始めるお祭りだって、ずっと続いてもおかしくないわ。
「そうと決まれば、いろいろと交渉しないと。これから忙しくなりますね。他の行事と重ならない日程は……」
「ロレンツォ」
「申し訳ありません、つい、夢中になってしまって」
そう言って頭をかいたロレンツォが幼い子供のように見えて、どきどきした。
ラウラより7歳も上で、大商人になったロレンツォのことを、可愛いと思ってしまう。
「それに、お嬢様と一緒に祭りを作れることが一番嬉しいんですよ」
ロレンツォはラウラの手をそっと握った。
「祭りが続けば、後世にまで私とお嬢様のことが語り継がれることになるでしょう?」
「こ、後世にまでって、それはちょっと大袈裟じゃない?」
「大袈裟じゃありませんよ。それに、お嬢様の美しさもちゃんと後世に伝えたいと思っています」
絶対に大袈裟だわ。
でも、わたくしとロレンツォが作ったお祭りがずっと続いて、わたくしたちが死んだ後もたくさんの人を笑顔にできたら、すごく嬉しい。
だけど。
「美しさなんて、後世にまで語り継がなくてもいいわよ。そんなことになったら、名だたる歴史上の美女と競わなきゃいけなくなるもの」
「世界中の歴史書をかき集めたって、ラウラお嬢様より美しい方はいませんよ」
真っ直ぐで、迷いのない眼差し。そして、あまりにも直接的な褒め言葉。
どんなに鈍感な人間でも、瞳に込められた想いに気づくだろう。
「ロレンツォがそう言ってくれるだけで十分よ」
「お嬢様……」
「さあ、ご飯にしましょ。これからいろいろと忙しくなるんだもの。たくさん食べて、体力をつけないと!」
祭りを開催する、という方針は決まった。これからは、具体的なことをいろいろと考えていかなければいけない。
祭りのテーマ、規模、宣伝方法……大切なことはたくさんある。
「ねえ、ロレンツォ」
「なんですか?」
「お祭り、本当に楽しみね。わたくし実は、お祭りに参加するのも初めてなの。話を聞いたことはあるけれど」
プリマヴェーラには、有名な祭りが2つある。夏に開かれる海の女神を祀った祭りと、春に開かれる花祭りだ。
どちらも国内外から多くの人が遊びにきて、いつも以上にプリマヴェーラが賑わうらしい。
わたくしはいつも、マルティナに自慢されるだけで、祭りの日には出かけたことすらないわ。
お父さまに買ってもらったと、花祭りで買った花を模した髪飾りを毎年のように自慢されたわね。
嫌なことを思い出したのに、不思議と胸はそこまで傷まなかった。
「お嬢様……」
「いいの。だって、今年からはロレンツォが一緒に行ってくれるんでしょ?」
「もちろんです。私以外と行ったら許しませんからね」
「……たまには、友達とも行ってみたいかもしれないわ」
「では、絶対に2回目以降にしてください。お嬢様の初めては、全部私の物ですから」
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