第21話 ひらめいたわ!

「でも、そんなに都合よく、若手の職人から練習品を買い取ることができるのかしら?」

「そこに関しては、交渉次第ですよ、お嬢様」


 ロレンツォが得意げな顔で右手の人差し指を立てる。


「メリットがあれば、彼らだって商品を売ってくれます」

「練習品を買い取ってくれるだけでも助かるとは思うけど……きっと、他にも買い取りたい人はいるわよね」


 ラウラ以外にも、同じように考える商人は多いはずだ。だからといって、他の商人に勝つために支払う金額を高くするのは本末転倒である。


「そこは、遠慮なく私を利用してください」

「ロレンツォを?」

「ええ。この取引はテストも兼ねていると、そう言ってやればいいんです。評判がいいようなら今後、完成品に関しても取引をすると」


 そう言って、ロレンツォはにやっと笑った。不敵で、いきいきとした笑顔だ。


「私と取引をしたがる職人は多いんですよ。主な顧客は富裕層ですし、私が取り扱うこと自体が、その商品の品質を保証していますから」


 つまり、ロレンツォ自体にブランド力があるという話だろう。


 やっぱり、ロレンツォってすごいのね……!


「そうすれば若手の職人たちは、こぞって質の高い練習品をくれるはずです。しかも、安価で」

「……なんかちょっと、狡いような気もするわね」

「商人なんて、狡いくらいがちょうどいいんですよ」





「……どうしようかしら?」


 何も書かれていない羊皮紙の前で、ラウラは頭を抱えた。

 今考えているのは、どのような形で商品を販売するか、である。


「どこかの店においてもらう? それとも、わたくしが店を開く? でも、そうすると初期費用がかなりかかるわよね……」


 ロレンツォに頼めば立派な店舗を用意してくれそうだが、さすがにだめだ。

 ここまで手を貸してもらったのだから、後は自分でやりたい。


「そうだわ! 路上で売れば、お金もかからないわ。それに、お客さんも気軽に見ていけるし」


 港には、路上販売を行っている商人も多い。布を広げて、その上に商品を並べるのだ。

 安価な品物を扱うなら、それで十分だろう。


「ただ、路上で扱うとなると、イメージが下がるわよね」


 港には、高級な品物を扱う立派な構えの店もたくさんある。ショーウィンドウの外から店内を覗いて、陳列された品の数々に見惚れる人は多い。

 たとえ同じ品物だったとしても、路上に並べられている品より、店に並べられている品を特別に感じるはず。


 買ってくれる人にとって、希望になるような品を売りたい。

 だから、特別感は少しでも多い方がいいのよね。


 お金をかけずに、特別感を出す。なかなかに難しいことだ。

 でも、考えるのは楽しい。


「お嬢様」


 部屋の扉がいきなり開いて、ロレンツォが中に入ってきた。


「ロレンツォ! いつの間に帰ってきたの?」

「もう夕食の時間ですよ。お嬢様がおりてこないから、迎えにきたんです」

「え!?」


 慌てて窓の外を見ると、もうすっかり暗かった。いつの間にか、かなりの時間が経っていたらしい。


「頑張るのはいいことですが、あまり根を詰めないように」

「ありがとう、ロレンツォ。でも、頑張りたいの」

「それも分かってます。頑張るお嬢様は、すごく魅力的ですよ」


 微笑んで、ロレンツォがラウラの頭を撫でた。


 わたくしが撫でられるのが好きってこと、バレちゃったのかしら。

 子供っぽい、って思われていないといいけれど。


 子ども扱いされるのは嫌いじゃない。だけど、子供のように思われたくはない。

 我儘だとは分かっているが、ラウラの正直な気持ちだ。


「でも、忘れないでくださいね。私は、頑張らないお嬢様も素敵だと思っていますから」

「……なにそれ?」

「どんなお嬢様でも、無条件に大切だという話です」


 とろけそうなほど甘い目で見つめられる。恥ずかしいけれど、もったいなくて目は逸らせなかった。


「さあ、夕飯にしましょうか」


 ロレンツォと食べると、どんな食事も美味しく感じる。少し前にちょっと苦手な味付けの肉料理があったけれど、それも美味しかった。


 誰と一緒にいるかって、すごく大事よね。

 ……この考えって、商売にも活かせないかしら?


「ひらめいたわ!」

「お嬢様?」

「品物そのものじゃなくて、品物を買うっていう行為自体を楽しい思い出にするの!」

「買う行為自体を?」

「ええ。つまりね、ロレンツォ……」


 楽しくなってきて、どんどん声が大きくなってしまう。

 ロレンツォが優しく頷きながら話を聞いてくれるからだ。


「お祭りを開くのよ!」

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