第20話 ロレンツォ先生
「では今日は、お嬢様に商売についての授業をします」
「お願いします、ロレンツォ先生!」
ラウラがふざけてそう呼ぶと、ロレンツォは満更でもなさそうな笑みを浮かべる。
そして、コホン、と軽く咳払いをした。
異国の品を安価で販売し、手軽に人々に買ってほしい。それが、ラウラの見つけた夢だ。
過去のわたくしが救われたように、誰かの支えになる物を与えたいから。
だが、現実的な問題は山積みだ。何をするかを考える前に、まずは学ばなくてはいけない。
そこで、ロレンツォに教師役を依頼したのである。
それにしてもロレンツォ、乗り気すぎるわよね。
いつもよりかっちりとした黒の燕尾服を着用し、ボタンも全てきっちり留めている。
そして極めつけは、細い金縁の眼鏡だ。普段は使っていないから、おそらくただの伊達眼鏡だろう。
「いいですか、お嬢様。まず、物の値段は、どうやって決まると思いますか?」
「えーっと……材料とか、品質じゃないかしら。それに、輸送費なんかも影響するのよね」
「正解です。よくできましたね」
眼鏡をくい、と上げて、ロレンツォが微笑む。いつもと少し違う笑顔に、やけに胸がどきどきしてしまう。
だめよ、今はちゃんと勉強しなきゃいけない時間なのに!
「でも、それだけじゃないんですよ。結局のところ、物の値段を決めるのは需要なんです」
「需要?」
「はい。多くの人が欲しがれば、それだけ値段はつり上がります。高値で買ってもいい、という人がいるなら、価格を上げない手はありませんからね」
「確かに……」
「銅貨1枚の価値しかないパンだって、需要があれば金貨10枚でも売れるんです」
「なるほど……」
要するに、多くの人が欲しいって商品にすればするほど、物の値段は高くなるってわけよね。
なんか、難しいわ。
「もちろん、ただのパンではだめですよ。特別なパンでなければ」
「特別?」
「はい。たとえば、連日売り切れ続出の人気のベーカリーショップのパンだとか、人気の俳優が作ったパンだとか」
商売について語るロレンツォは、いつも以上にいきいきとして見える。
ロレンツォにとって商売は貧しい生活から抜け出すためだけのものではないことが改めて分かって、なんだか安心した。
「ブランド力が大切なわけです。お嬢様だって、フラヴィアさんが作った服と聞けば、それだけで価値があるように思うでしょう?」
「ええ。もし似たような物を他の人が売っていて、その方が安かったとしても、フラヴィアから買いたいわ」
ロレンツォの言っていることが、だんだん分かってきた。
輸入品に高価な物が多いのは、輸送費がかかる上に、異国の品物、というブランド力があるからだ。
「お嬢様は安価な品物を売りたいと考えているわけですから、ブランド力の高い品は扱えません。どうしても仕入れ値が高くなりますからね」
「……そうよね」
「じゃあ、どんな品物なら、安く仕入れられると思いますか?」
聞きながら、ロレンツォは笑っていた。おそらく、ロレンツォの頭の中にはある程度答えがあるのだろう。
ラウラが聞けば、優しく教えてくれるのかもしれない。
でも、そんなの嫌だわ。自分で考えたいもの!
「時間はたっぷりあります。いくらでも悩んでください」
「ロレンツォ……」
「正解したら、お嬢様にご褒美をあげますよ」
そう言って、ロレンツォは優しくラウラの頭を撫でた。子供を相手にするような仕草だが、ラウラはときめいてしまう。
だってわたくしには、甘やかしてくれる親なんていなかったもの。
「絶対、正解してみせるわ!」
「ええ、期待していますよ、お嬢様」
◆
「答えは出ましたか?」
「……まだよ」
「では、ティータイムにしましょう」
元々メイドに伝えてあったのか、ロレンツォが合図をするとすぐに二人分の紅茶が運ばれてきた。
「いい匂い……!」
「これは、異国から取り寄せた茶葉なんです」
フルーティーな香りは、嗅いでいるだけで疲れを癒してくれそうだ。
それに、上品な甘さが美味しい。
「こんなに美味しい紅茶、飲んだことないわ!」
「それはよかったです。でもこの紅茶、かなり安かったんですよ」
そう言うと、ロレンツォはティーカップを持ち上げて笑った。悔しいけれど、なんで? と質問してしまう。
「無名の農家から、直接買ったからです」
「無名の農家から……」
「はい」
つまりこの茶葉には、ブランド力がなかったのだ。だから、美味しくても安価で買うことができた。
異国の品には、それだけでブランド力があるわ。
でも、その中でも、ブランド力がない物があるとすれば……!
「若手の職人が練習用に作った品物なら、安く仕入れられるんじゃないかしら!?」
「正解です、お嬢様」
にっこりと笑って、ロレンツォはラウラの口の中になにかを放り込んだ。
反射的に噛んでしまうと、甘い味が口内で広がる。
これ、チョコレート? しかも、すごく美味しい……!
「ご褒美です。よくできましたね、ラウラお嬢様」
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