第25話 お祭り
いよいよ今日は、祭り本番だ。
ロレンツォと何度も話し合い、大勢の人の協力によって開催されることになった、この仮装祭。
どうかこのお祭りが、プリマヴェーラの伝統になりますように……!
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。絶対、上手くいくわ!」
ラウラの背中をバシッ! と叩いたのはフラヴィアである。今日の彼女は薄桃色のドレスを身に纏っていて、いつも以上に可憐だ。
フラヴィアの仮装テーマは、花の妖精。プリマヴェーラの各所に銅像が設置されている有名な妖精である。
自作のドレスは華やかで、通行人の目を奪わずにはいられない。頭につけた花冠は本物の花で作られていて、近寄るだけでいい匂いがする。
「ありがとう、フラヴィア」
「だって私たち、すっごく可愛いし!」
フラヴィアがにっこりと笑う。
ラウラも、フラヴィアに特製の衣装を作ってもらったのだ。ラウラの仮装テーマは、海の女神である。
波をイメージした白と水色のドレスに、陽光を浴びて煌めく黄金のティアラ。
時間と金をたっぷりかけて作られた衣装は、フラヴィアの衣装と同様、かなり目立っている。
「お互いの店が、繁盛しますように!」
フラヴィアが可愛らしく両手を合わせた。
今回の祭りでは、多くの商人が出店を営業している。路上販売が基本ということで、店を持たない商人たちも気軽に参加できるからだ。
ラウラとフラヴィアの店は隣り合っており、ラウラが扱う商品は異国から仕入れた小物類である。
「それにしてもロレンツォ様は、こんなに可愛いラウラを放っておくなんて」
「後でくるわ。ロレンツォだって、今日は仕事だもの」
「知ってるって。それになんていうか、目のつけどころが上手っていうか、ちゃっかり儲ける仕事を思いつくよね」
フラヴィアの言葉に頷く。
ロレンツォは今日、異国からの観光客を相手に港の案内ツアーを開催している。
『プリマヴェーラで新たな伝統となる祭りを、主催者であり大商人であるロレンツォ自らが案内するツアー』は、かなりの人気だ。
これを機にロレンツォと親交を深めたい商人たちが、こぞって申し込んできたという。
本当、頭が回るわよね。普段なら自分との交流に値をつけて売るなんてできないだろうけれど、観光案内と称せば話は別だもの。
「じゃあラウラ、ロレンツォ様の仕事が終わった後はデートなの?」
「今日はわたくし、商人としてこの祭りに参加しているから」
「じゃあ、全部売れたら、ロレンツォ様とデートできるんだ?」
フラヴィアがにやにやと笑う。間違ってはいないのだけれど、からかわれるのは恥ずかしい。
「フ、フラヴィアこそどうなの? そんなに可愛いんだから、デートの約束くらいあるんじゃないの?」
「それが残念ながらないの。私、理想が高いから」
「……どれくらい?」
「お兄様より格好良くないと、無理!」
「ちなみにお兄さんは、どのくらい格好いいの?」
ラウラが尋ねると、フラヴィアはうっとりとした表情で言った。
「世界一!」
じゃあ、一生他の人とデートなんてできないんじゃ……なんて野暮なことは言わない。
少々行き過ぎた兄への愛かもしれないが、慕うことのできる家族のいなかったラウラからすれば羨ましい。
「今日も、早く終わったらお兄様と一緒に祭りをまわる約束をしてるの。お互い、早く完売できるといいわね!」
眩しい笑顔でフラヴィアが笑う。ええ! とラウラは力強く頷いた。
◆
「いらっしゃいませ! 可愛い雑貨が、今日は特別価格で手に入りますよ!」
周りを見習って、腹の底から声を出す。祭りにきた人々は楽しそうに会話をしているし、多くの商人が声を張り上げているせいで、かなり頑張らないと声は通らない。
こんなに大声を出し続けたのは初めてだ。
きっと明日、わたくしの喉はかれているわね。
「あ、あの、見てもいいですか……?」
声をかけてくれたのは、小さな女の子だった。たぶん、10歳前後だろう。あまり質のいい服ではないが、おそらく今日のために用意した真っ赤なドレスを着ている。
「ええ、どうぞ。気になる物があったら、遠慮なく言って」
女の子はしばらくの間商品を眺め、これ、と言って小物入れを指差した。木でできた小物入れで、繊細な彫りが入れてある。
それに、色鮮やかなガラス玉がはめ込まれていて、一際目を引く一品だ。
確かこれ、修行を始めたばかりの新人の練習品よね。
ぱっと見は華やかだけれど、見る人が見れば粗が目立つ……なんて、ロレンツォが言っていたわ。
とはいえ、ラウラには粗はまだよく分からない。きっと、少女から見ても同様だろう。
「……い、いくらですか?」
布袋を握り締めながら少女が尋ねた。
「これは銀貨2枚よ」
どうかしら? この子の予算で足りるかしら?
緊張しながら見つめていると、少女はぱあっと顔を明るくした。
「よ、よかった……! あの、これください!」
少女が銀貨を二枚渡してくれた。その瞬間、布袋の中が空っぽになったのが見えた。
「ありがとう。どうぞ」
「綺麗……!」
小物入れを手に取った少女は、泣きそうな顔で笑ってくれた。
「気に入ってくれて、よかったわ」
「これ、薬入れにしようと思ったんです!」
「薬入れ?」
「お母さん、身体が弱くて、いつもお薬飲んでて。だから、綺麗な箱にお薬が入ってたら、ちょっとは気分がよくなるかなって……」
嬉しそうな顔で語る少女を見ていると、少し切なくなった。
病弱な母はきっと、無理をして娘のために祭りの服やお小遣いを用意したのだろう。そして少女は、母のためにと物を選んだ。
羨ましいわ。
「お姉さん?」
「ごめんね、ちょっとぼーっとしちゃって。そうだ。これ、おまけよ」
ふと思いついて、近くに置いてあった籠から飴を何粒か取り出した。
「い、いいの!?」
「ええ」
ありがとう、と何度も礼を言いながら、少女は走り去っていった。たぶん、すぐに母親に小物入れを渡したいんだろう。
わたくしが、あの子を笑顔にした。
きっとあの子の母親も笑顔になって、あの小物入れは、二人の宝物になるんだわ。
そう思うと、誇らしくてしょうがなかった。
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