第8話 可愛いフラヴィア

「では、以上で採寸は終わりです。洋服ができあがりましたら、すぐにご連絡しますね」


 フラヴィアがにっこりと笑う。腰回りや身長だけでなく、ありとあらゆるところのサイズを測られたせいで、かなり疲れた。


 それに、採寸中、いろんな話を聞いたんだもの……!


 マルティナを始めとするロンバルディ家の人々は、ラウラをいじめた悪人として広く知られていること。

 ラウラが、ロレンツォの恋人だと多くの人が信じていること。

 ロンバルディ家は、かなりあくどい商売をやっていたこと。


 噂の出所は分からない。けれどいつの間にか、街中に話が広がっているようだ。


「……ねえ、フラヴィアさん。一つだけ聞きたいことがあるのだけれど、いい?」

「私に分かることであれば!」


 フラヴィアの笑顔は眩しい。口角がかなり上がっていて、見ているだけで明るい気持ちになる。

 採寸中、彼女は一瞬も笑顔を絶やさなかった。


「流行を作るのが夢だと言っていたけれど……どうして、それが夢になったの?」


 ラウラには、夢なんてない。だから、知りたいと思った。

 単純な好奇心と、たぶん、少しの嫉妬だ。


「私、小さい頃から洋服が好きなんです。それに、父が作った服を嬉しそうに着るお客様を見て、私もお客様を笑顔にできたら……と思うようになって」

「……そうなのね」

「はい。それに、服ってわりと流行の移り変わりが激しいんです。でも、流行っている時って、本当にたくさんの人がそのデザインを楽しんでくれていて」


 笑顔のままフラヴィアが話し続ける。真っ直ぐな目が眩しすぎたけれど、なぜか目は逸らせない。


「流行が終わったとしても、服を着て笑っていた記憶は残るじゃないですか。タンスの中にある服を見て、あんな日もあったなぁ……なんて、きっと思い出すんじゃないかって」


 今はもう着なくなってしまったけれど、捨てられない大切な服。

 きっとそれは、幸せな記憶と結びついた宝物だ。


「……素敵な夢ね」

「ありがとうございます!」

「……わたくしには、夢なんてないの」


 思わずそう口にしてしまい、ラウラはすぐに反省した。

 いくら話しやすいからと言って、初対面の人相手にするような話ではないだろう。


 それに、客であるわたくしがこんなことを言えば、フラヴィアさんを困らせてしまうかもしれないのに……!


「夢なんて、別になくてもいいと思いますよ」


 フラヴィアは笑顔のままそう言った。


「あってもなくても、笑顔で生きられたら、それが一番だと思うんです。っていうか、私は笑顔で生きなきゃ、っていつも思ってます。悲しいことがあっても、泣いたらもっと悲しいじゃないですか」


 だから笑うんです、と言ったフラヴィアの笑顔はとびきり可愛くて、そして、格好良くもあった。


「女の仕立て屋なんて、すごく少ないんです。馬鹿にされたり、嫌な言葉をかけられることもあって……でも、泣いちゃったら悔しいから、いつも笑うようにしてるんです」

「……強いのね、フラヴィアさんは」

「強くて、可愛いんです」


 おどけたように笑ったフラヴィアは、本当に可愛らしい。

 顔の造形だけでなく、まるで、内側から発光しているみたいだ。


「フラヴィアさんは、酷いことを言ってきた人のことも、許せるの?」


 お姉さま、と意地悪な声でラウラを呼ぶマルティナの顔が頭に浮かんだ。今頃彼女は、地下でどんな扱いを受けているのだろう。


「とうっぜん、許せるわけないじゃないですか!」


 フラヴィアの返答に、ラウラは目を丸くした。

 彼女なら、許しますよ、と笑って答えるのではないかと思っていたから。


「私に酷いことを言ってきた人なんて、全員嫌いです。一生許すつもりもありません」

「そ、そうなのね」


 あまりの勢いに、少々気圧されてしまう。


「だって、無理に許したら、私が上手く笑えなくなっちゃいますもん」

「……上手く笑えなくなる?」

「はい。確かに、優しくて女神様みたいな人なら、自分を傷つけた人も許すと思います。でも、私たちって、どんなに可愛くても、女神様じゃなくて人間じゃないですか」


 どんなに可愛くても、なんて言うのが面白くて、つい笑ってしまう。


 確かに、フラヴィアさんの言う通りだわ。


「ありがとう。フラヴィアさんと話したら、心が軽くなった気がする」


 このまま、マルティナたちのことを放っておいてもいい、と思えたわけじゃない。

 でも、無理に許す必要はないのだとは思えた。


「ねえ、フラヴィアさん。図々しいかもしれないけれど、お願いをしてもいいかしら」

「なんでしょう?」


 すう、と大きく深呼吸する。緊張で、鼓動が速くなった。


「わたくしと、友達になってほしいの」


 フラヴィアは眩しい。一緒にいたら、自分が情けなくなってしまいそうなくらいには。

 けれど、彼女といれば、変われる気がする。なにより、もっと話がしたい。


「もちろんよ、ラウラ!」


 フラヴィアはそう叫ぶと、勢いよく抱き着いてきた。甘い花の香りがして、自然と頬が緩む。


 わたくし、初めての友達ができたんだわ。

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