第4話 夢なら
「朝ですよ、ラウラお嬢様」
朝は、優しいメイドの声に起こされ、綺麗な洗面器に入った水で顔を洗う。
ぼんやりしている間に絹で作られた衣服に着替えさせてもらい、長い髪を丁寧に整えてもらう。
それが、今のラウラの暮らしだ。
まるで、お姫様にでもなったみたい……。
「お嬢様はお綺麗ですね。お化粧などしなくても十分に見えますよ」
そう言って笑ってくれたのは、ラウラ付きのメイド・エリザだ。彼女は最近、ラウラのために雇われたという。
年齢は40代半ばで、華やかではないが、明るくて親しみやすい容姿の持ち主である。
「そんな……」
「ご主人様が女性をお迎えすると聞いた時は、みんな驚いたそうですよ。商売一筋の、真面目な方だったそうですから」
「……そうなの?」
「ええ。短期間で、ここまでの財を築くなんて、そうじゃないとできませんよ」
ロレンツォはどうして商人になったのだろう。そして、どんな風にここまでの財産を手に入れたのだろう。
わたくし、知らないことばかりだわ。
「だから私は、お嬢様がきてくださって嬉しいのです」
「え?」
「お嬢様といる時のロレンツォ様は、すごくお優しい目をしていますから」
そんなことを言われると、なんだかむずがゆい気持ちになる。でも、悪い気はしない。
「ロレンツォは、今日は家にいるの?」
「いえ。既に商談に出かけています。ですが、昼には一度、戻られるそうですよ。きっと、お嬢様と一緒に食事をとりたいんでしょうね」
「……そうかしら」
「ええ」
ここへきてから、食事のほとんどをロレンツォと共にしている。
以前は誰かと食事をすることなんてなかったから、すごく嬉しい。
一緒に食べる相手がいるというだけで、食事が何倍も美味しく感じられるんだもの。
◆
「ちょっと、厨房に入れてくれるかしら?」
ラウラが厨房に入ると、メイドたちはぎょっとした顔で一礼した。
「こ、こんなところにいらっしゃるなんて、どうなさったんです!?」
「昼食の用意を手伝おうと思って」
「そ、そんな……恐れ多いです。お嬢様に料理をさせるだなんて!」
メイドはそう騒ぐが、ラウラは何年も厨房に立たされてきた。それだけでなく掃除や洗濯など、家事は全てできる。
というか、何もしないでいるのって、すごく落ち着かないんだもの。
週に三回ほど、家庭教師がやってきていろいろと教えてくれる。しかしそれ以外は、ラウラがやることは特にない。
護衛をつければ外出制限もなく、望めばなんだって用意してくれる。
最高の環境だわ。でも……与えられてばかりというのは、落ち着かないものなのね。
「お願い。わたくしも、ロレンツォになにかしてあげたいの」
ラウラの作った食事より、メイドが作った食事の方が美味しいかもしれない。
でもどうにかして、感謝の気持ちをちゃんと伝えたい。
ロレンツォが、わたくしを救ってくれたんだもの。
「……そういうことでしたら」
メイドたちは顔を見合わせ、ラウラを受け入れてくれた。
◆
厨房には多種多様な調味料と、豊富な食材があった。ラウラが担当したのは、シチューである。
「そろそろ完成ね」
朝から作り始めたため、かなりの時間煮込むことができた。きっと、かなり美味しくできているはずだ。
「そうだ。一口味見を……」
小皿にシチューをすくい、口に運ぶ。少し熱かったものの、濃厚な味が美味しかった。
これならきっと、ロレンツォだって喜んでくれるはず。
美味しいですよ、と微笑むロレンツォを想像すると、なんだか胸が温かくなる。
今まで、どれだけ料理を作っても、掃除を頑張っても、誰かから褒められることなんてなかったから。
ロレンツォは、いつもわたくしと一緒に食事をして、忙しいのにいろいろと気を遣ってくれる。
ここにいてもいいんだって、わたくしに思わせてくれる。
「……夢なら、覚めないでいたいわ」
他にもなにか手伝えることはないだろうか……とラウラが考え始めた時、お嬢様! とエリザの声が聞こえた。
エリザは料理を担当していないため、ラウラの部屋を掃除していたはずである。
「エリザ、どうしたの?」
「ラウラお嬢様にお客様が。アンドレア、と名乗る男性の方です」
「まあ、アンドレアが?」
アンドレアは、ロンバルディ家と親交のあった商人だ。
といっても、対等な関係ではない。
アンドレアはいろんな国に出向き、様々な異国の雑貨を持ち帰る。そしてそれらをロンバルディ家が買い取ってプリマヴェーラで売っていた。
「すぐに行くわ。エリザも一緒にきてくれる?」
「はい」
ロレンツォの許可なく、他の異性と二人きりになってはいけない。
意図は分からないが、ロレンツォが提示した唯一のルールだ。それを破って、ここを追い出されでもしたら困る。
きっと、久々にプリマヴェーラに戻ってきたらロンバルディ家がなくなっていて、焦ったんだわ。
どうやって、わたくしがここにいることを知ったのかは分からないけれど。
エプロンを外し、玄関へ向かう。扉を開けると、見慣れた顔と目が合った。
前に会った時よりも日に焼けている。
「ラウラ! 久しぶりだな」
「ええ、久しぶり」
「焦ったんだ。こっちに戻ってきたら、ロンバルディ家がなくなっていて……それで、とりあえずお前に会いたくて」
アンドレアがそう言った瞬間、派手な音を立てて玄関の扉が開いた。
そして、つかつかと足音を立てながら、ロレンツォが中に入ってくる。
「誰の許可を得てここに入ってきた?」
あまりの威圧感に、アンドレアが小さく悲鳴を上げる。
「それから」
「は、はいっ」
アンドレアは完全に、蛇に睨まれた蛙だ。
「気安くラウラお嬢様の名前を呼ぶな。仕事を失いたいか?」
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