最終話 二人の手

 「あれ、いつの間にかマンションが消えてる・・・!?」


 しきたり4日目。次の部屋へと向かおうとしていた沙月はいつの間にかそのマンションがあった場所に立っていた。緑の草木が辺りを包み込みそれはしきたりの終わりを告げる合図であった。


 「嘘・・・。100部屋踏破しないと終わらないんじゃなかったの・・・?」


 混乱する沙月。少し時間が経てばまた元いた場所に戻るのかと思っていたが結局マンションが出現する事はなかった。それに気づいた沙月は今までやってきた事が頭の中を駆け巡り、涙が溢れた。


 「私、善良な霊を沢山倒してしまった。ごめんなさい、ごめんなさい・・・。」


 うずくまり固まる沙月。これから先どうしていいのか分からない。秩序の神がついている限り苦しみから解放される事もない。それはもう絶望だった。すると突然船のエンジン音だろうか。なんと召使いが操舵する船がやってきたのだ。


 「本当に終わりなんだ・・・。こんな終わり方って・・・。私、成長出来たのかな?」


 溢れでる涙を拭いながらその船の元へと歩みを進める。そして船の目の前についた時だろうか。召使いが悲しそうな顔をしながら言った。


 「沙月さん。早苗さんと一条カスミさんが、その・・・先日死亡しました。」と。


 その言葉に絶句する沙月。召使いは涙をこらしていたが、沙月はまだ中学生。二人の訃報をすぐに受け入れる事など出来ず、膝をついて動けなくなってしまった。


 「・・・お二人に会いに行きましょう。一旦ここから離れて日本本土で二人の霊を天へと送りだすのです。それが神条家に伝わるしきたりですので。」


 「はい。」


 そして召使いと沙月は暗い顔をしながら恐ヶ島を離れ、二人の亡骸がある病院へと向かっていった。


・・・


 「手を尽くしましたが原因不明の病により昨晩早苗さんは眠るように息を引き取りました。一条カスミさんも外部の損傷が激しく発見当時既に他界されていました。助けられず本当に申し訳ございませんでした。」


 二人をなんとかして生きながらえさせたかった主治医は沙月に対して謝る。しかし、沙月はそんな主治医に対して頭をあげるよう言い、代わりに二人に会わせてほしいと頼み込んだ。そして二人の息絶えた顔を見た瞬間色んな感情が混ざり、大粒の涙を流しその場にうずくまった。その時だろうか。沙月の肩を掴んだ者がいたのだ。その人達の正体は早苗とカスミの霊だった。


 『よく頑張ったね。母さんは嬉しいよ。無事に帰ってくる事が出来て。でもごめん。こんな形で再会する事になるなんて。』


 『私も神作相手に手こずって術の反動で死んでしまった。本当にごめんね。沙月の中に眠る秩序の神を取りだしてあげたかったのだけど、今は出来ないと思う。死んだ事で渾沌の神が離れてしまったから。』


 二人はいつになく暗い顔をしていた。それを見た沙月は首を横に振り二人の意見を否定し、これから先も一緒にいようよと懇願する。しかし早苗が口を開いた。


 『神条家は身内が呪いや術の反動によって死ぬと絶対に天へと送りださないといけないという習わしなの。何故なら神作のような裏切り者が出かねないから。強い霊能力者な程危険だからね。だからお願い。私達を成仏させて。』


 「そ、そんな・・・。もう母さんにも、カスミさんにも逢えなくなるの?」

 

 沙月は悲しい顔をしながら下を向く。その時早苗が口を開いた。


 『沙月。前を向いて。』

 

 「え・・・?」


 沙月が前を向いたその瞬間早苗は沙月の事を抱きしめた。


 『貴方ならこれから一人でも大丈夫。あの島で学んだ事は間違っていなかった。今こうして普通に話せているのも沙月が身を削る思いで頑張ったから。だからこれから先待ち受ける試練だって越えられるはず。遠くから見ているよ。』


 それを聞いたカスミは悲しそうな顔をしつつも沙月の事を見つめていた。すると沙月が覚悟を決めた顔をしながらカスミに対して頼み込む。それは秩序の神を取り除いてほしいというもの。

 

「カスミさん。漆黒の深淵(ブラックホール)を私に向けて撃ってください。その影響で力が並みの霊能力者くらいになっても絶対後悔しない。あのマンションで色んな事を学んだから。」


 『・・・本当にいいの?』


 「はい。もう神という偽りの力には頼りたくないです。これからは私自らの力で世界を救ってみせます!」


 『・・・分かった。沙月の本音受け入れる。では!』


 カスミが術を繰りだす。するとその術は強力すぎてそれに抵抗した秩序の神でさえ吸い込んでしまった。そして沙月は神の加護がなくなった。


・・・


 「お別れの時間だね。母さん、カスミさん。」


 『うん。最後まで面倒を見てあげられなくてごめんね。』


 『私も沙月さんのそばにずっといたかった。でも死んだらあるべき場所に帰らないとね。だからその、さようなら。』


 三人は抱き合い、共に泣いた。そして別れを告げた後、早苗とカスミは沙月の繰りだした清光の微笑みによって天界へと昇っていった。


 ・・・


 それから10年後。沙月は日本中に散らばる心霊スポットの鎮圧に成功し、様々な国で起こった悲劇の場へと赴き、慰霊碑を建てこれから先悪霊が出ないようお祈りを続けた。


 「母さん、カスミさん。お元気ですか。私はあれから長年かけて日本を救い今は各国を飛び回って霊鎮術を行っています。また、今は神条一族の血が薄く残っている遠い親戚が私の元へとやってきて、彼らと共に後世までこの術が続くよう活動の幅を広げています。もう二人の力がなくても生きていけます。私が死ぬまで頑張ります。ですので、天から見守っていて下さい。」


 沙月はあの後「しきたり」を禁止にした。しきたりがどれだけ危険なのかを身をもって痛感し、これから先霊能力者が悪霊の手により被害に遭う事をなくしたかったからだ。その代わり実際に戦場の跡へと赴き、そこで霊との対話を経て弟子達に人間の在り方と霊との関わり方について教えをする事にした。そして次の世代へと術が守られていくよう尽力を注ぎ、自身が死ぬまで弟子達に時に厳しく、時に優しく接したという。

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