第20話 第二階第七号室~牙を隠し持つピアノ~
場面は沙月の元へと戻る。
「最近怖いものに慣れてきたな。勿論怖いけどこのマンションに入ってきた時に比べて動けるようになったし、何故か体が拒否反応を起こさない・・・。神に愛されているって神作さんに言われたけど、そのお陰なのかな?」
沙月は第七号室の前でぼそぼそと呟く。確かに沙月は少しずつではあるが成長していた。アトリエの部屋では最終的に二人の霊を救う事が出来なかったが、核爆弾で死んだ霊の部屋で自身の技「久遠の安寧」を生み出し、その部屋にいた全ての霊を救った。また戦闘面でもそうだ。能面の部屋で自身の持つ最大限の攻撃技を創りだしていた。それは神条家一族にとって初の試みであったが、沙月はその試練を着々と突破している。これからの成長が楽しみだ。
「まぁそんな事今はいいか。中にはなにが待っているかな・・・。ってピアノ?」
沙月が第七号室の扉を開くと中にはピアノ一台が配置されていた。そのピアノは新品で艶があり、とても綺麗な状態で放置されていた。
「これは予想外・・・。でもここにも霊がいるはず。作曲者の霊、演奏家の霊・・・。その二つの例が思いつくけどどうなんだろう。」
沙月は少し警戒しながらピアノに近づく。すると突然ピアノの屋根が持ち上がり不協和音を奏でたのだ。それは誰が聴いても気が引ける程の酷い音。その音を聴いた沙月は耳を塞ぎつい目を瞑ってしまった。しかしそれがまずかった。そのピアノは牙を剥き、沙月を真っ二つに喰い殺そうとしてきたのだ。
「うわっ!!・・・危なかった。ってどうやって今避けたんだろう・・・?目を瞑っていただけなのに体が勝手に動いた・・・。なにかに支配されているの・・・?いや今はそんな事に気を取られてはいけない!そこにいるんでしょ霊よ!話をしようよ!!」
するとピアノの横から年老いた霊が現れる。
『私の演奏はどうだったかね?素敵だろう?これは戦争でピアノ販売が出来なくなった国から仕入れた物だ。可哀想なピアノを作曲者である私が買い取り、あらゆる改造を施した。元の音が気に入らなかったからハンマーでピアノの中を殴り、弦を切り・・・。まぁ君のような若者には私の演奏に見入ってしまうだろうね。』
その作曲者を名乗る霊はピアノに拷問をしていた。沙月はピアノが攻撃を開始してから気づいたが、いつの間にかピアノはボロボロの状態になっている。それはとても可哀想な姿だった。その為沙月はその霊に対して切れた。
「ふざけるな!!ピアノが可哀想じゃん!!そんなのその子は望んでいなかった!!素敵な演奏者に弾いてもらいたかっただけ!それなのにお前はそんな事を平気でやっていたのか!!」
『私に向かって“お前”だと・・・?何様のつもりだ。もういい。我がペットよ。あの女を喰い殺せ。』
それを聞いたピアノは一目散に沙月を噛もうとしてきた。それに対し沙月は禍払いの結界を身に纏い、なんとか噛み砕かれずにすんだ。
「そうやってお前は・・・!ならば私も本気を出してあげる!聴いてみよ!!霊鎮の術その2・幽冥の旋律!!」
沙月は部屋中に不協和音を口笛を使って奏でた。それは音波によりガラスが悲鳴をあげ、霊に恐怖心を与えるには十分すぎるものだった。
『な、なんだこの音は!!や、やめろ!!』
霊は耳を塞いで叫ぶがその音は脳内に直接なだれ込んでくる。それは回避のしようがなかった。そして沙月は口笛をしながら霊鎮の術その5・幻影の牙を繰りだした。影から出る赤い牙。それがその霊を突き破った。
『ガハッ!私の・・・私の音楽は・・・無限大・・・。』
そして静寂が訪れる。静まり返った空間はピアノに安心感を沸かせた。
・・・
「ねえ君。美しい音色を奏でた事がないのでしょう?良かったら私に音色を奪われてみない?」
ピアノはいつの間にか牙がなくなり戦意がなくなっていた。そして沙月の言葉に引き込まれるように静まり返り、元の美しいピアノへと姿を変えた。
「ありがとう!今から私が美しい音色を響かせてあげる!」
沙月は笑顔をピアノに向け、ピアノ椅子に座り演奏しだした。その曲は「月光ソナタ・第一楽章」だった。その曲は静かではあるがとても美しく、その場を一気に別次元の空間にいるかのような場面にさせる。それを弾きながら沙月は呟いた。
「私、家庭の事情で色んな物を習わされたの。でも別にその言いつけは嫌いじゃなかった。だって、こんな綺麗な音色のピアノで好きな音楽を奏でられるのだから。ありがとう、ピアノさん。来世では美しい演奏者さんに巡り逢えますように。」
月光ソナタ・第一楽章が奏で終わる約6分間。そのピアノはとても嬉しそうな表情をしている気がした。そして沙月が鍵盤から手を離したと同時にピアノは黄色い光に包まれ天へと昇っていった。
「元気でね。」
沙月は微笑みながらそれを見送り光が消えてから次の部屋、第八号室へと向かっていった。
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