第21話 第二階第八号室~したたる水滴~

 「ピアノ久々に弾けて楽しかったな。さてと、次は・・・って水たまり!?心霊現象が起きた時に高確率で霊が発生した場所に出現するって話を聞いた事がある!という事は霊が今この水の中にいるという事か・・・。」

 

 沙月が第八号室の扉を開けると複数の水たまりが部屋中に広がっており、風もないのに水面が動いていた。それに加え、沙月が部屋に入った瞬間水滴が飛び跳ねたのだ。まるでこの部屋に入ってくるのを予知していたかのように。


 「ひっ!ぴちゃぴちゃしないで!怖いから!!」


 当然の如く沙月は怯える。すると散乱していた水たまりから霊が一体ずつ飛び出してきた。それらは死装束を着ており、びしょ濡れの状態で立ち尽くす。しかし特になにもしてこない。それに加え、殺意を全く感じられない。それが沙月にとってはとても怖い事であった。


 「な、なんか喋ってよ!ど、どうすればいいんだこういう時・・・。」


 沙月はある一体の霊の目の前で起きているのか手を振って確認してみたが、ちょっとした動きもみせなかった。しかし何故突然水たまりから出てきたのだろうか。それもきちんと死装束が着飾られていて、遺族の方から大切にされていたのだろうとパッと見た限り分かる。戦争の爪痕も残っていないというのに。すると突然霊達が消えた。


 「・・・!?えっ、どうして!!」


 急に消えた事に驚く沙月。静寂が辺りをのみ込みまた薄暗い部屋に戻る。


 「なんだったんだ今の・・・。って痛い!手、手を握るな!!」


 沙月は整った死装束を着ていたので無害な霊だと油断していた。しかしいつの間にか沙月の背後にその霊達が現れ沙月の腕を引っ張り、水の中に引きずりこもうとしてきたのだ。それは明らかな殺意だった。


 「くそっ、はなしてよ!ちょっと!!」


 沙月は無理やり霊達の手を剥がそうとするがそんな抵抗もむなしく、水の中に引きずりこまれてしまった。


 『なんで・・・!!私の事が触れるの!!霊なのに!!』


 水の底が真っ暗でなにも見えない。無限に続く水の壁。それに加え水は本物であり、それが沙月の息の根を止めようとしてきた。


 『ま、まずい・・・。息が・・・。』


 沙月は限界に陥り、水を大量に飲みながら気を失いかけていた。しかし次の瞬間聞き覚えのある声が水面の近くでぼやけて聞こえてきた。その声の主は神条神作だった。


 『禍払いの結界を身に纏え!それしか水の地獄から脱出する手はない!!さぁ早く!!』


 『神作さん・・・!言葉を発する事は出来ないけどやるしかない!霊鎮の術その10・禍払いの結界!!』


 沙月は詠唱をせずに自らの心臓にめがけて術を放つ。すると無事に纏えたのか霊達の手は沙月から離れていった。それを確認した沙月は水面を目指し泳ぎ始める。下から大量の手が追いかけてくるが沙月の泳ぐスピードの方が速く、なんとか水面から顔を出す事に成功した。


 「プハッ!ハァハァ・・・。許さない!!霊鎮の術その9・禁呪の封魔!!!」


 沙月は怒りに満ちた表情をしながらそこら中に散らばっている水に目掛けて最強の封印技を繰りだした。その術を受けた水は完全になくなり、明るい部屋へと戻った。


 「な、なんとかなった・・・。私の体に触れられるという事は生前霊能力者だったんだね・・・。気を緩めた罰だ。これからは気をつけよう・・・。って神作さんは?」


 沙月は辺りを見渡すが神作の声が聞こえない。確かに声の主は神作本人のものだったがどこを探してもいなかった。


 「よく分からないけど次の部屋に進もう。あ、携帯が落ちてる。引き込まれる直前に携帯落としたんだ。・・・壊れてないみたい。良かった。」


 沙月は落ち着きを取り戻し、次の部屋・第九号室の扉へと向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る