第19話 一条カスミの憂鬱

 舞台は変わり、栃木県の山中に向かっていたカスミ。悪霊を裁く為にとある心霊スポットへと来ていた。


 「早苗さんがいない今、私の力だけで行けるかな・・・。」


 カスミはため息をつき目の前に広がる邪悪な場所を眺めていた。その心霊スポットは戦時中カト勢力が捕らえた日本人の人体実験をする為に使われていた洞窟らしい。その為メスや注射器などが無数に落ちており、血生臭い空間が広がっていた。


 「これは・・・酷いね。今まで色々な場所を巡ってきたけれど100年以上経った今でもその痕跡が残っているなんて。それに悪霊がわんさか出てくる。それなら結界を張るしかないか。霊鎮の術その10・禍払いの結界。」


 カスミはその山を覆う程の結界を張り、悪霊が出てこれないようにした。しかしある事に気づく。それは結界の中で泣いて土下座してくる霊達の存在だった。


 「なに謝っているの。君達はこれからこの地の住人達に悪さをしようとしていたでしょう?幾ら日本人であってもこの結界はそれを許さないよ。何故なら私も神に愛されているからね。」


 『ひぃぃ!!貴方は霊よりも恐ろしいよ!!』


 「恐ろしい・・・か。ふふっ、恐怖を与えているのなら結構。今まで笑いながら力

のない霊能力者を殺してきた分際で今更許しを乞う方がおかしいよ。もし私を殺したいのなら来い。相手してあげるよ。」


 一条カスミは霊に対して非情であった。過去にカスミの大切な人が霊の呪いによって殺されたからだ。その為霊を救うという感情を持たなくなった。つまり沙月とは真逆の性格を持ち合わせた人物という事だ。


 「まぁ神に愛されているとはいっても、沙月さんみたいに術を何発も撃てる訳ではないし。本当に沙月さんは凄い人だよ。早苗さんも私より強力な術を繰りだせる。それが羨ましい。もし私がそのくらい強力な力を有していたら、この無様な霊達を一掃してあげるのにな。」


 『ひぃぃ・・・。』


 名門一条家と神条家。この二つの家系は霊に対抗する為に神が創りだしたもの。術の強さは人によってまちまちだが、少なくてもカスミは今の霊能力者の中では沙月の次に強い霊能力者だ。


 ところでここまで読んできて「今の時代何故霊能力者が沙月、早苗、カスミの三人しかいないのか」と疑問に思った人もいるだろう。その理由は一つ。20年前はもっと仲間がいたが、このしきたりで全滅してしまったのだ。早苗、カスミの順でこのマンションを踏破した事を聞いた霊能力者達は自身の力を高める為にこの試練に挑んだ。しかしその二人ですら裁けなかった悪霊により殺されたのだ。


 そして二つの家系が特別である理由もこたえよう。それは自然災害による体の欠損が影響している。一条家の祖は元々霊を見る事すら出来なかった。しかしある日突然雷に撃たれ、片目を失ったと同時に霊の発する電磁波を捉える事が出来るようになった。そしてその目のお陰で神々しいオーラを放つ神条家の祖に出会い、そこに弟子入りをした事で術を扱えるようになったのだ。


 神条家もそう。神条家は昔起きたアフリカの大きな紛争を見た神が哀れに思い、その時期に生まれる予定の赤ん坊に神の力を与えて生まれた。しかし、初めからその能力を使えた訳ではない。地球温暖化に伴い日本でも竜巻が起こるようになり、その時神条家の祖は竜巻によって天高く舞い上がり、落下した事で左腕が粉砕骨折。そして左手を失って意気消沈していた租に手を差し伸べたのが一人の若い男の子の霊だったという。その霊は成仏する事が目的で近づき、租の幻肢を握りしめた。それが霊との出会いであった。


 そしてその霊が発言した。『過去に貴方のような霊と意思疎通出来る人に会った事がある。』と。その霊によると霊鎮術自体は古来からあったものであり、生身の人間はそれに気づかないで生きてきたのだ。元々人間は神が創りだした生き物。その為誰であっても神の一部の能力を引きだせる素質があったのだ。しかし神は困っていた。誰でも扱えるとなるとそれを巡って争いが起こるのではないのかと。その為霊との対話出来る度胸のある人を選んだ。そしてその力に気づかないまま授かった人が大怪我などといったきっかけを生みだす事で神の力が自然と引きだされたのだ。


 その言葉を聞いた神条家の祖は驚いたが、その霊の言葉に納得した。自身がこうして霊との対話が可能になった事を理解したからだ。そしてその霊を成仏させる為に努力を積みかさねた。時には嵐の中、暴風の中海まで歩き何度も落ちる稲妻に対し『神よ!私はどうしたら神本来の力を授かる事が出来るのでしょうか!!』と叫び神との対話を試みたり、様々な霊との出会いを経てヒントを得る事に集中した。しかしその努力は実らず、全て失敗してしまった。その瞬間租は生身の人間には神の力を引きだす事は出来ないと考えてしまったのだ。


 そして最終手段へと入った。それは自身の血肉を神に献上するというもの。


 これはもうカケであった。その霊も『そんな危険な事はしないで!』と言ったが租はその言葉を無視し、自身の胸元にナイフを当て自身の寿命と引き換えに霊鎮術を取得出来るよう天に祈りをささげた。その瞬間神が租の覚悟を認め、会話が成立したのだ。


 ───哀れな霊の為に努力を惜しまず続けてきた貴方を認めましょう。そちらにいる霊もよくぞ神の力を望む者に手を差し伸べましたね。私は嬉しく思います。その為この渾沌渦巻く世界に神聖なる力を、終止符という名の救いの力を貴方に与えます。さぁ受け取りなさい!───


 「ありがたき幸せ。大切に、そして後世まで語り継がれるよう尽力致します。」


 そして神条家の祖に神聖な力、そしてそれを引きだす為の術式を知る事に成功したのだ。それからは霊との対話が出来る人を探しだし、その人達に霊鎮術を教え、自ら霊との会話、成仏を寿命が尽きるまで行い続けた。


 しかし霊を扱うのは危険であった。霊能力者は悪霊の放つ攻撃を受けてしまうからだ。幾ら神の力を所持していた両家であっても、命を懸けてまで霊鎮術の仕事をしたくなかった。その為今では霊が見えたとしても無視をし、その血筋から身を引き一般人として生活している人が多いという結果に至ったのだ。


 これで分かっただろう。今現在この両家しか霊を意のままに操る事が出来ない理由が。そして霊能力者が三人しかいない理由も。


 「ちょっとナレーター!うるさいよ!!早く話を進めろ!!」


 おっとすまない。カスミは術を使った後、ストレスによって鬱になるがその力は本物だ。早苗がいない今日本を巡り救ってくれる事を祈ろう。

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