第17話 第二階第五号室~失われた幼児~
「初めて左手で技を使ったから手が痺れるけど・・・まだ行ける!頑張るぞ!!」
しきたりが2日目もそろそろ終わりに近づいてきていた。しかし体力がまだ残っていた沙月はまだ進む事を選択した。
「さてと、緊張するね。毎回何が出てくるか分からないし・・・。」
扉のドアノブに手を掛けながら呟く沙月。すると突然部屋の中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきたのだ。
「ま、まさか!!こんなところに赤ちゃんがいる訳がない!早く入らないと!!」
沙月は急いでその声の元へと辿り着いた。しかし赤ん坊の姿はなく、ただ泣き声だけが聞こえるばかりだった。
「なんで、声だけ・・・。霊能力者なら誰でも霊が見えるというのに・・・。こんなケース初めてだ・・・。」
沙月はひたすら考え込む。何か策はないか?と。しかしいくら考えても答えは出なかった。その為部屋を物色する事にした。
「うっ・・・。この匂いは火薬・・・!?それになにこの写真!!人間が焼かれている写真だ!!」
その部屋の違和感は沙月を驚かすには十分すぎるものだった。その部屋では音が鳴るばかりで霊自体は現れない。全ての部屋を攻略した早苗でさえこの部屋を結界で囲む事しか出来なかったのだ。すると銃声と爆弾の嵐が沙月の耳を襲う。
「ひっ!これは戦時中の音だ・・・。レーザー砲の音も聞こえるし、なにより空襲の音が恐ろしい。どうしたらいいの・・・。」
沙月は軽くパニックに陥っていた。戦争の音を至近距離から浴び、それに伴う人々の悲鳴に恐怖心を抱いていたからだ。その為目を瞑り、耳を塞ぎながら時が流れるのを待っていた。
『やめて!!私の子を奪わないで!!』
『それは無理だな!お前ら日本人はカトに逆らった。皆殺しだ!!』
『そんな・・・!まだその子は幸せというものを知らない!!なのに・・・ってやめて!!ギャァァァァ!!!』
「ひっ・・・!!」
その赤ん坊の母親の記憶だろうか。焼け落ちた東京と、侵攻してくるカトの勢力。日本にはもう戦う力が残されていないというのに、その兵士は母親の前で小刀を握りしめ、赤ん坊の胸に穴を空けた。そしてその母親にも刃が刺さったのだ。そんな恐ろしい記憶が沙月の脳内に直接流れ込んでくる。沙月はその恐怖に襲われ、立つ事が出来なくなってしまった。
「こんなの・・・助けられるはずがない・・・!誰か助けて!!」
沙月はうずくまりながら泣いていた。部屋中の爆音と共に消えてなくなりたい程の恐怖と憎悪により術を放つ事さえ出来ない。絶体絶命のピンチに陥っていた沙月。するとポケットの中に入っていた携帯が急に震えだす。それはカスミからの電話だった。それは沙月を救う一本の電話であった。
『・・・さ、さつ・・・沙月!!大丈夫!?』
電波が悪いのかカスミの声は砂嵐混じりの音として聞こえてくる。
「カスミさん・・・!!」
『しきたりは進んでいる?私は今君の母親を病院まで運んで、一人で次の場所に進んでいるところ!』
「だめだよ、カスミさん!一人でなんて無謀すぎる!!霊鎮の術を一日1回しか打てないじゃん!!」
『そんなの今は関係ない!!日本を救う為に動いているだけ!沙月だってそうでしょう!?事件事故に巻き込まれる前に友達を救ってあげたいんでしょう?だったらそんな部屋さっさと抜けて次の部屋に進みなさい・・・グハッ・・・。』
「はっ・・・もしかしてカスミさん無理してない?」
沙月は禁句とも言える言葉をカスミに対して言ってしまった。沙月の言う通りカスミは口から血を吐く程無理をしていた。しかし沙月の口から出た心配の言葉はカスミを怒らせる言葉となってしまった。
『いい加減にしなさい!!他人の心配なんてするな!!君は最強の霊能力者なんだろ!!私もしきたりでその部屋に入ったけれどへっちゃらだった。何故なら一条家の名に恥じない行動をしたかったから!!神条家だってそうでしょう?さっさと立って、なんとしても踏破しなさい!!約束したでしょう?いくら戦争の爪痕がきついものだったとしても必ずそのマンションを踏破するって!!だから今はそれだけを考えて行動しなさい!!もしまた辛くなったら電話していいから!!』
「ありがとう・・・。」
その言葉を聞いたカスミは電話を切り、次の場所に向かっていった。
・・・
部屋中を覆う邪悪なオーラに対抗すると心に決めた沙月は立ち上がり、爆音の中霊鎮の術の構えをする。しかし霊鎮の術は霊がいないとどこに向けて撃てばいいのか分からない。それに加えて可哀想な母親と赤ん坊を助けたかった。その為沙月は二人の浄化の道を選ばず、その霊達の魂の中に入る為に両手に操神の震威を纏い、重ね合わせて新しい術を生み出した。その名前は
「慰魂の常闇(いこんのとこやみ)」
この技はその名の通り過去にトラウマを持っている霊の魂の中に入り込み、その人を暗い闇の底から救いだしてあげるという技だ。それを繰りだした事により部屋に黒く深い穴が空いているのを発見した沙月。恐ろしい過去に入っていく事に少し抵抗感を覚えたが、頑張って入っていく事にした。
「ここが魂中世界か・・・。気を引き締めるぞ私!!」
沙月は自身の頬を両手で叩き、その中をさまよい歩く。するとうずくまっている女性の霊を見つけた。
「貴方が赤ちゃんの母親ですか?」
『そう。見たでしょ、私の記憶を。カトは本当に救いようがない国だった。私達日本人を人として見ていなかったんだ。そしてこの記憶は一生消えない。誰も助けてくれないんだ・・・。』
女性の霊は悲しみに吹けていた。過去にあった嫌な記憶が蛇のように纏わりついている。このままだと悪霊に成り変わるかもしれない。それを感じ取った沙月は焦らず冷静にその霊と話す事にした。
「貴方の赤ちゃん。逢いたいですか・・・?」
『・・・逢いたいに決まっている!!私の子だから!!』
「ならば今逢わせてあげます。私は貴方が悪霊へと生まれ変わらないようにしたいのです。」
『そんな事が可能なの・・・?生身の人間が出来る訳ない・・・。』
女性の霊の言う事は正しかった。霊能力者でもこの暗い過去から大切な物を探し当てるのは至難の業だ。しかし沙月は違った。目を瞑り、永久に続く真っ暗な地面に耳を当てる。すると赤ん坊の声がぼんやりと聞こえてくるではないか。それを悟った沙月は女性の霊に話しかける。
「見つけました。貴方のたった一人の子供を。」
『どこに、どこにいるのですか!!』
「それは、貴方の胸の中です。ほら、見てください。貴方の心に眠る赤ちゃんの姿を。」
しかしそこには赤ん坊の姿はなく、いくら待っても出てくる気配がなかった。
『いないじゃない!!嘘をついたのね!許さない・・・あれ、手にぬくもりが・・・。って私の子がいる!!』
「やはりそうでしたか。貴方の子供を想う気持ちが死んでも尚暗い魂の底に眠っていた。その気持ちに貴方の子が応えてくれたのです。」
その瞬間真っ黒に染まった空間が明るく草木の生い茂る世界へと成り変わった。女性の霊が抱いていた恨みという感情をその赤ん坊が打ち消してくれたのだ。
『ありがとうございます・・・。ありがとうございます!!』
女性の霊はひたすら沙月に感謝する。しかし沙月は首を横に振り、自身の優しい心が自身を救ったのだと女性の霊に伝えた。
「素敵な場所ですね。貴方の心は澄んでいて素敵な場所です。・・・どうですか、今なら二人揃って成仏出来るはずです。私の力で背中を押してあげます。」
『お願いします。お願いします・・・!!』
女性の霊は泣きながら沙月に感謝する。そして赤ん坊を抱きながらその場で立ち、沙月に笑顔を向けた。その笑顔はとても素敵で沙月の心に響き、沙月はつい泣いてしまった。
『ありがとう、若い霊能力者さん。貴方のお陰で私達は救われた。これから待ち受ける試練でも可哀想な霊達をその力で救ってあげてください。お願いします。』
「・・・はい。頑張ります!!」
沙月は涙を拭い、霊鎮の術その7・清光の微笑みを二人に向けて放った。二人は笑顔のまま沙月に手を振り、天へと昇っていった・・・。
・・・
「あんな素敵な顔されたら心に響くよ・・・。でも救えてよかった。さてと次の部屋に・・・。」
沙月は霊鎮の術を出しまくった反動で意識が消え、しきたり2日目が終わった。
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