第14話 第二階第二号室~赤い帽子~

 現在時刻は12時過ぎ。丁度昼ぐらいの時だ。

 

 「お腹空いたけど、食べるの禁止って辛いよ・・・。水はその辺から調達出来るからまだ良かったものの体力が無くなっちゃうよ。」


 沙月は疲労困憊の状態で第二号室の扉をゆっくり押し開けた。するとそこには血に染まったつばのある帽子が落ちていた。


 「この大きさは・・・子供用みたいだね。血痕がついているし、なにか戦争の爪痕が残っているといいな。」


 沙月はその帽子を拾いあげ、部屋の中を物色する。すると部屋の角にうずくまった子供の霊がいる事に気がついた。


 「あ、もしかして君の帽子かい?」


 沙月は応じてくれない子供に対して優しく接する。しかしその少年はなにも言わなかった。そして沈黙の時が少しずつ過ぎていった。


・・・


 「・・・どうしよう。なにも応じてくれない。あ、そうだ!こういう時に霊鎮の術があるんだ!なんとしてでも見てもらうぞ!」


 沙月は霊鎮の術の構えをする。しかしいつもとは違う。右手を握りしめ、術が放出されないようにしたのだ。そしてはじめに幽冥の旋律を唱え、少年を苦しませる事なく少年の過去を知る事に成功した。その次に、その記憶を明るく楽しいものにする為、操神の震威を用いて過去を無理矢理改ざんした。


 「どうだい?君の母親と父親が目の前に立っているだろう?さぁ、御覧なさい!!」


 沙月は微笑みながらその少年に促す。すると少年は顔をあげ、涙を流した。


 『お母さん、お父さん!!会いに来てくれたんだね!!』


 少年は立ち上がり、両親を抱きしめようとしたが、それは沙月が創りだした幻覚であり、実際には触れる事が出来なかった。


 「ごめんね。本当は君のご両親を逢わせたいんだけど、まだ力不足で幻覚しか映しだせないの。本当にごめん。」


 その言葉を聞いた少年はその場にへたり込み、絶望した。


 「わわわっ!本当にごめん!君の記憶を勝手に覗いてしまって!でも凄く辛い過去だったからなんとしてでも救ってあげたかったの。良かったら、お姉ちゃんに話してくれないかな!」


 沙月はタジタジになりながらも少年に優しく語り掛ける。すると少年が口を開いた。『機関銃・・・痛いよ。』と。その瞬間沙月の心にその言葉が突き刺さった。この少年もまた、戦争による被害者だったのだ。


 『この島の防空壕に火炎放射器を持った敵が入ってきて、パニックに襲われて、それで、地上に逃げたと思ったら、戦闘機の機関銃で・・・』


 この少年はこの島が爆撃される際なんとか逃げのびようと外に出て、待ち構えていた機関銃に撃たれ死んだらしい。よく見ると何十発も服に穴が空いていた。それを感じ取った沙月は喋りを止めさせようと少年を抱きしめる。


 「ありがとう、君の過去を話してくれて。お姉ちゃんはね、君のような子を助けたいの。過去を変える事は出来ないけれど、苦しませないように成仏させる事が出来る。だから・・・」


 その瞬間少年が沙月の事を突き放した。


 『そうやって皆嘘をつくんだ!!許さない!戦争の事をなにも知らない若者が口走るな!!』


 少年は沙月の態度に怒りを露わにしていた。それはもう威嚇をする獣の様に。その言葉に傷ついた沙月。しかしそれと同時に少年の言い方に苛立ちを覚えた沙月はつい怒鳴ってしまった。


 「なんで・・・。私自身戦争を経験した事がないのに、真相を知っている訳がないじゃない!確かに、このマンションに来てから色々学んだ!でもそれは表面上の事であって、その時国がどう動いていたかなんて分からない!!当時あった収容所だってなんの目的があって作られたか分からない!!だからその理由を聞きに来ただけ!それは嘘偽りのない証拠!!・・・あ、ごめん。大声を出してしまって。」


 つい口走ってしまった沙月は自身の言動に驚き、途中で止めた。しかしそれに怯えたのか少年はまた黙り込んでしまった。この瞬間沙月は今までの行動に申し訳なさを感じ、真摯に語り合うと約束をする。


 「ごめん、私が悪かった。自身の知識だけで喋ろうとしたのがいけなかった。戦争が起きた理由を詳しく知らなかったから。だからこそ君の体験談を教えて欲しい。そして過去に起こった苦しみとこれからの社会について共に語り合おう。」


 『・・・分かったよ、僕も悪かった。突然突き放したりして。でもなんで霊体である僕に触れる事が出来たの?霊能力者だから?』


 「そう。私は神条家の娘、神条沙月。もしかしたら私の先祖が君に会いに来ているはず。」


 神条家と聞いてなにかを察する少年。実は早苗がこの部屋に来た時、ゆっくり戦争の事について話し合ったのだ。その為沙月への警戒を緩めた。


 『神条家の人間なら信頼出来る。・・・その、僕は中学に入る直前に戦闘機の機関銃によって殺された。どうしてこの島が狙われたか説明しないとだよね?』


 「う、うん。」


 『一階で話があがったと思うんだけど、カトが日本本土を爆撃する時にこの島の位置がちょうどいい具合の場所にあったんだ。土地も頑丈だったから武器庫も作れるし、飛行機の発着場も作れる。その時に滑走路を引く事になったんだけど、その任についたのが僕達少年だった。その理由はただ一つ。僕達小中高生は体力が多く、死んでもいい存在だったから。つまり使い捨てのモルモットとして使用されたんだ。』


 「!!!」


 少年はカトの統治下に置かれる前に死んでしまったが、霊になってからこの島の様子を見ていた。全ての建物が燃やし尽くされ、防空壕ごと爆発で炎に巻かれたこの島を。それを当時見ていた少年は怖さで声が出なかったという。


 『そしてこのマンションに女性の霊が多いと思ったでしょ?その理由も一つ。怪我の有無もなしに、虐殺されたから。収容所って体格のいい男と少年以外皆処刑されたんだ。ただ一つだけそれを逃れられる人間がいた。それは頭の良い女性のみ。カト式のテストに合格した者だけが敵国に送り込まれるスパイとなって、日本からほど遠い彼方で息絶えた。無事に帰ってきたとしても情報漏洩を防ぐ為に消された。鏡の部屋で見た女性達は皆カトのスパイとして使用されたんだよ。』


 沙月は言葉が出なかった。カトの無慈悲な思想に。自国だけ助かればいい、他民族など虫けら同然だと思っていたのだ。


 「じゃあ一つ聞いていい?何故私達霊能力者はこの島に慰霊碑を建てなかったの?その頃は霊能力者が多くいた。勿論私の家系も。それなのに何故・・・?」


 『・・・それは日本がこの島に収容された人を見過ごしたから。霊能力者は何度も政府に向けて訴え続けた。それでも政府はこの島に立ち入る事を禁止としたんだ。その影響もあって、霊と対話出来る霊能力者を次々に呪っていったんだろうね。』


 「そ、そんな・・・。神条家がこの島を買い取らなかったら、永久的に怒りが残り続けていたかもしれないという事なんだね・・・。やっと母さんの言いたい事が分かったよ。教えてくれてありがとう。」


 『いいや、また神条さんとお話出来て良かったよ。良かったら僕を成仏させて欲しいです。お願いします。僕の両親はもうすでに成仏したから未練はない。』


 少年は頭を下げた。それを見た沙月は「お礼なんていいよ。」と頭をあげるよう促して、少年の要望に応えた。


 「改めてありがとう。では、霊鎮の術その7・清光の微笑み。」


 少年は目を閉じゆっくりと光に包まれ消えていった。


・・・


 「戦争ってやっぱりおかしな考えだね。人を不幸にするばかりではなく、自国の経済も文明も壊す材料になる。そんな事今後あってはならない。私の力でなんとかしたい。だから、早く次の部屋へと進もう。」


 沙月は血のついた帽子を背中に歩いていき、次の部屋、第三号室の扉を開けた。

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