第5話 第一階第三号室~泣く鎌~

 「ここは・・・畑!?」

 

 沙月が第三号室の扉を開くと、枯れ果てた作物が雑多に生えた畑が目の前に広がっており、その傍らには80代くらいの鎌を持ったおじいさんの霊がいた。

 

 『おやおや、珍しい客人だね、こんにちは。』

 

 そのおじいさんは沙月を観るなり鎌をその場に置き、急に挨拶をしてきた。それに驚く沙月。彼には殺意の塊がなかったのだ。なんなら成仏出来るはずなのに、それすらしていない。

 

 「えっと・・・その、こんにちは。何をしているのですか?」

 

 沙月は怖気つつもそのおじいさんに尋ねる。右手を彼の額に向けながら。するとおじいさんはこう答えた。『私は第三次世界大戦により、死んだ者だ。』と。

 

 「もしかして、成仏出来ないからここでずっと待っていたのですか?」

 

 『はい。貴方の母親、早苗さんでさえ私を成仏させる事が出来なかったのです。』

 

 「そうだったのですね・・・。」

 

 第三次世界大戦の事をしっかりと知らなかった沙月。調べるのも怖くて勉強不足だった。しかし、今回それを過去に体験したおじいさんが今目の前にいる。これは後々大事になると思った沙月は畑のそばにある椅子へと向かいながら、おじいさんに問う。

 

 「どんな戦争だったのか。」と。

 

 『・・・お話ししましょう。貴方なら私を救ってくれる気がしますので。』

 

 そして二人は椅子に座り少しの沈黙を空けて、会話をする事になった。


・・・


 『あれは120年前の事。強大な力を持ち、勢力拡大を進めていたコルドという国が今のオーストラリアの近くにありました。その国は自国の文明の力を見せつける為に他国に侵略を開始し、それが世界大戦へと繋がったのです。沙月さん、コルドは何故戦争を始めたのか知っていますか?』

 

 「えっと・・・その・・・すみません分かりません。」

 

 沙月は歴史が苦手だった。中学校にまともに行けなかったからだ。するとおじいさんはため息を一つ吐き、話しだした。

 

 『自国の力を他国に知らしめる為です。コルドは凄く小さな国でした。日本でいう北海道くらいの大きさです。しかしその国には根強い王族崇拝があり、そのトップに君臨していた王は永久に血が飛び交う世界を望んでいた。その為戦争する事が一番効果的と考えていた王は自国の力を見せつける事で世界を巻き込もうとしたのです。それに加えてその国には世界中探しても見つからない鉱石を持っていた。それは蒸留石というもの。その鉱石はたった1グラムで戦車一つを百時間動かし、火薬としても使える程の強いエネルギーを有し、それが大量にとれるコルドはそれを用い、まずヨーロッパ全域に蒸留石をふんだんに使用にした核爆弾を落としました。貴方も知っているはずです。ヨーロッパの主要国ストロンガーとその周辺の国々のまとまり、ストロンガー連邦が一瞬にして焼け落ちたという事件を。その時死者は10億人を超え世界に恐怖を与えました。そしてそんな一国の王の思想のせいで第三次世界大戦は起こったのです。』

 

 「なるほど・・・。戦争のきっかけは私も知っています。ですが何故日本は本土全部が焼け落ちたのですか?」

 

 『それはその事件の後日本が世界連合での話し合いで、コルドを討ち滅ぼすのは止め、国交を断絶しようと言ったからです。戦争は何も生まない、ただ犠牲者が増えるだけだと。しかしその言葉は生き残ったヨーロッパの人達からの多大なバッシングを喰らい、日本にも侵攻という名の矛が向けられたのです。』

 

 日本は第二次世界大戦で二度も核爆弾を喰らい、戦争の恐ろしさを知っていた。各国が核爆弾をどんどん製造していく事に怯え、何度も核開発を辞めるよう世界連合で訴えてきた。しかしそんな言葉は通用せず、第二次世界大戦後から500年もの間何度も小さな戦争、紛争が起き、最終的に第三次世界大戦へと繋がったのだ。

 

 『最初は日本屈指の戦艦、駆逐艦、戦闘機、爆撃機などがヨーロッパからの攻撃に対抗し、自衛隊による防御は硬く鉄壁そのものでした。しかし自衛隊の本拠地が敵国に見つかってしまい爆破された事で日本国民に混乱と恐怖を与え、最悪の事態。そう、本土襲撃へと繋がったのです。そしてここ、恐ヶ島では戦争中日本人捕虜を強制労働させ、その命が尽きるまで働かされました。今そこに落ちている鎌は私が強制労働させられていた時に使っていた物です。』

 

 「えっ・・・。という事はこの島を彷徨っている霊達は、戦争被害者・・・!?」

 

 『はい。私を含めここにいる霊の殆どが、恨みを抱えながら死に、それを知らずに生きている人間を懲らしめているのです。』

 

 「・・・。」

 

 沙月は言葉が出なかった。このマンションが建てられる以前、この場所には屍の山が積み重なっていたのだ。そして霊を浄化しようとしてくる神条家含めた霊能力者に逆らい、何度も戦いが繰り広げられていたという。そんなおじいさんの話を聞き、可哀想な霊達を浄化するのはいけない事なのではないかと思った沙月はある事を訊いた。

 

 「じゃあ私はどうすればいいですか。」と。

 

 『絶対に可哀想な悪霊の話に情を抱かないように。ただこれだけです。悪霊は事故や事件を引き起こす悪そのものです。』

 

 「そんな・・・。今貴方の話を聞いて、情が沸いてしまいました。それにこの島が強制収容所だった事に驚きを隠せません。浄化するなんて・・・。」

 

 『沙月さん。これは神条家のしきたりなのでしょう?貴方がやらないとこの島の呪いは地球が消えるその日まで残り続けます。ですので、今私を浄化し、次の部屋へと進んでください。前を向いて、突き進むのです。ほら、立って!』

 

 おじいさんは沙月を激励し、これから先続く厳しい試練に立ち向かえるよう背中を押してあげた。その言葉を聞いた沙月はゆっくりと席を立ち、前を向きながら手を彼に向け霊鎮の術の構えをし、小声で呟いた。

 

 「ありがとうございます。霊鎮の術その7・清光の微笑み。」と。

 

 するとおじいさんは青白い光に包まれ、微笑みながら成仏していった。


・・・

 

 「これをあと90回以上繰り返さないといけないの・・・?いくら攻撃が無効だとしても、こんなの辛いよ。」

 

 沙月は握りつぶされそうな心を抑えながら、綺麗になった第三号室をでて次の部屋の前に来た。

 

 「今度は情が沸かない、救いようがない悪霊が出ますように。」

 

 そして沙月は第四号室の扉を開けた。

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