5 生活レベルの低下って精神を削るよね

ああ、幸せだ、なんとも幸せだ。



ふかふかとしたベッドの感触が身を包んでいるのを感じる。


生まれてこの方毎日感じていた感触だというのに、1週間ぐらいその感触から離れ野宿を経た後だと、なんとも新鮮でとっても素晴らしいものに感じてくる。



服や体が清潔になっているのを感じる。


複製した蒸留水で洗うぐらいしかできていなかったために感じていたなんとも気持ち悪い不快感がなくなっているどころか花のような香りがしている。


何より素晴らしいのが体の疲れを感じない。


ここ1週間ろくに寝れていなかったせいか常に感じていた疲れがなくなっている、ああ、なんという開放感、完全な睡眠とはこんなに素晴らしいのか。


ああ、最高だ、今の私にとってこの時間は至上の贅沢をしているような気分になれる。

……いや、年頃の乙女としてこれを贅沢と感じるのはなんとも悲しいことではあるのだが。



しかし私はなんでこんな状況にいるのだろうか。てっきりあのまま死ぬのだろうな、と思っていたのだが。

いや、なんとなくわかってはいるのだ、あの女の人が助けてくれたんだろう。


あんな助けの求め方をした私を助けてくれるとはなんとも良い人だ。

追い詰められていたとはいえその優しい心に付け入ろうとした私は反省すべきである。






「よしっ、そろそろ起きるか」


ずっとここで寝ていても仕方がない。十分に心は回復したし名残惜しいがベッドから起きることにする。


しかしなんとも落ち着いた高級感がある部屋だ、つけていた装備も凄い強そうでかっこよかったし、もしかしてあの女の人は凄腕冒険者ってやつなのだろうか。


そんなことを考え、キョロキョロと辺りを見渡しながらも私は部屋を出て……。


「おや、起きたのか。とりあえず攻撃の意志はないから落ち着いてくれ」


そこには、普段着らしき服を着た、私が助けを求めた彼女が椅子に座っていた。



私はなにかを言おうとして、それが感謝と少しの罪悪感、それと言葉にできないたくさんの感情に潰されて言葉が詰まる。


だがそれでも一言。




「た、助けていただきありがとうございます!」




それを聞いた彼女は、ニッコリと笑うと近くのもう一つの椅子を引いてこう言った。


「思ったよりも精神状態は良好そうだな。ほら、こっちに座れ」


その言葉に従って私は椅子に座る。そんな私を見て彼女は少し何かを考えた後。


「あー、まずは自己紹介からだな、私の名前はラータスト。ラタさんって呼んでくれると助かるな」


と言った。ラータスト、ラタさんか。

その名前を記憶に刻みつつも自分も自己紹介をする。



「……エーコです、思い入れのない名前なので好きに呼んでくれて構いません」

「エーコか、とりあえず呼び捨てで呼ばせてもらうよ、嫌だったら言ってくれ。……さて、改めて聞くが、君は転移者かい?」


自己紹介と聞いて、元の世界の名を名乗るかで迷ったが、それはオリジナルの名前だろう。

そんなことを思った後に前は答えられなかったその質問を改めて聞かれ、その言葉に私はもちろん、と答えようとして言葉が詰まる。


名前の下りで思い出したけど私自身って転移者だっけ??


この世界で生まれたし、そもそも転移してないから違う?それとも転移したやつをスキルで複製したやつだから転移者?


「………………………わかりません」


「おや?」


「転移者……の記憶と人格ではあるんですけどぉ……厳密には転移者とは言えないかもっていうかなんというかぁ……」


私のよくわからない言葉を聞いてラタさんは少し固まった後に、狼狽する私に向かって落ち着いた声で話しかける。



「……そうだね、転移者は全員スキルを持っているからスキルを持ってるかどうかで判断すると良いよ」


「あっないんで転移者じゃないですね」


やっぱ転移者って全員スキルを持ってるんだ、やっぱり異世界転移はチートスキルがあってこそ、スキルのない転移者とか転移者失格っすよね。

そんな気持ちを込めて早口でスキルは無いと言うとラタさんはないのか……と少し困惑した顔で呟きつつもこちらをまっすぐに見て話しかける。


「まさか転移者じゃないとは思ってなかったけど……転移者じゃなくとも転移者のようなものなわけだし、力を持っていないなら余計に立ち回りが重要だ。…………だから、君にこの世界について教えてあげよう」


「この、世界について……」


それは、私が求めていた情報。だが、今までの体験と、ラータストの顔からして、それはあまり良いものではないことが予想できた。


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