3 根性に自信はあるけど流石にここまで畳み掛けられるときついものがある

「転んだ傷が痛すぎ、マジで異世界ハードすぎ、初手奇襲の次手奇襲とかどうなってるのさ。異世界転移ならもうちょっと無双させてよ。………………ビーコ、シーコ……はぁ」


転んだ痛みをごまかすように軽口を叩き、そこに合いの手が返ってこないことにため息を付いて一人というのは寂しいものだと地面に寝転がる。


……いや、寂しさとは違うか。

自分自身との友情なんて馬鹿馬鹿しいが、それでも3日も一緒に話しながら旅をして少しは友情を感じてしまっていたのだろう。

それが一人は目の前で殺され、一人は見捨てて逃げた、心が痛むというのはこういうことか。


「自分の複製が死ぬなんて怖くても悲しくはない、か……思ったよりもそんなことなかったや」


そうやって2人にした軽口を思い返して、切り替える。

私は死ぬわけにはいかないし死にたくない。生き残るために今できることを考えて実行しなければ。


地面に寝転がった体を起こして考える。そう、今の私にできることは……。


「………………あれ?もしかして詰んでる?」


そこで私は今更詰んでいることに気がついた。


私は方向感覚にとても優れていると自負している。だからこそ、地図やコンパスがなくとも帰るだけの自信があって、十分な食料があるからある程度迷っても大丈夫で、魔物相手でも魔物素材の武器を持った3人がいれば大丈夫で。


でもショックな出来事が続いて最後に走ったせいで完全に方向感覚を失った。

あと逃げるときに荷物をほとんど置いてきたから武器も食料がない。

そもそも全速力で転んだため全身が傷んでいて動ける気がしないし今の私は一人だ。


つまりは……。


「し、死ぬ……?死にたくないよ……」


死が目前に近づいてきて、涙がじわりと湧き出てくる。


こうなったらもうあの弓男が異常者だったという極めて低い可能性に賭けて街に行って保護して貰うしかない。

だから体力を失う前に、早く、そう念じても体は恐怖で動かない。


私はうずくまって涙をポロポロと流すことしかできなくて……。




「……転移者が来たと聞いて来てみれば、まだ子供なのか」


「うひぃ!」


後ろから声がした、それに私は驚いて声が出て、それから振り向く。

白髪でローブの上に軽装の鉄鎧を着た不思議な格好をしている、杖のような槍を持ったしなやかそうな二十代ほどの綺麗な女の人がそこにはいた。


それを見た私は襲われた時の記憶がフラッシュバック、死の恐怖に怯え竦んで……。


「質問する、貴方は転移者か?」




……転移者?転移者と言ったの?


その言葉への疑問をきっかけに、恐怖でこわばった私の頭が回りだす。


転移者ってのは多分異世界転移者のことよね。私の状況からして偶然違う意味の単語ってのは考えにくい。

そして私がここに来たのを知っているのはあの弓男だけ。そのうえこの女の人は転移者が来たと聞いて来てみればと言っていた。


伝わるのが早すぎる、弓男と出会ったのは街まではまだまだ距離のある場所で、人も他にはいなかった。


もしかしてあの弓男、私たちが来たことを自分からこの女の人に教えたの?

ならあの弓男にとってビーコとシーコを殺したのは後ろめたくない当たり前の行動の可能性が高い、だって教えたらバレる可能性が高まるわけだし。


つまり、この世界には負の意味で異世界転移者が広く知られている?

なら転移者だって否定したほうが良い?



……いや違う。あの女の人、私をすぐには殺さなかった。

それにまだ子供なのかって言ってたような、なら少なくとも殺すことを躊躇している。


そしてあの女の人の声色と今の状況からして私が転移者ってのはほぼ確実だと思われているはず。なら嘘をつけばバレると思った方が良い。

嘘というのは印象を悪くする。できるだけやらないに越したことはない。

殺すのを躊躇している以上、その嘘を言い訳に見逃してくれる可能性もあるが、見逃されたって死ぬのは変わらない。



だから私は……あの女の人の同情心に訴えかける。



「……どうした? 黙り込んで。転移者かを教えてほしいのだけれど」


嘘を付くわけじゃない、今まで我慢してきた弱音を言えば良い。そうだ、今まで我慢してきた……。


「なあ、転移者かどうかを教えて……」


我慢、してきて……。


「ゲホッう、えぇ」


「……は?」


ああ、無理だ、心が折れた。今までずっと弱音を吐くのを我慢してきたのに、言ったら心が折れて動けなくなるのに。


「助けて、助けてくださいっ……」


ずっと、ずっと、ずっと辛かった。弱音を吐く「演技」なんてできるはずがない。


「もう嫌だ、こんなのっ……」


元の世界の家族が恋しくて。友達に会いたくて。でも、私は複製だから、元の世界に戻れる道があったとしても元の日常に戻る道なんて望みの欠片すらもなくて。

ご飯は美味しくなくて、死は身近で、娯楽もなくて、ずっと野宿で、やるべき仕事は辛くて。そこから逃げられるかと思ったらこの有り様で。


希望はなくて、それでも私は生きていて、死にたくなくて。


「た、助けてください! ゲホッ、死にたくないんです……私は……!私は……!私は……………!」


ああ、意識が遠のいて……。























「叫び疲れて寝てしまった……」


「すぅ……すぅ……すぅ……」


ああもう、まったくもって予想外だ。


私は転移者だからと嫌うつもりはない。 だがそれでも、冒険者に転移者らしき人物が来たと伝えられた時、私は殺すつもりだったのに。


転移者は強力なスキルを持つ、見逃して復讐心を持たれれば、スキル次第で何万もの死人を出すことになるかもしれない。

だからといって、救い、匿って自分の身を危険に晒すほどお人好しになる気もなかった。


だから、私は魔術で嘘をついていないかを確認したら殺すつもりで。



だが……あれだけ苦しい顔をしながら、それでも死にたくないと私に助けを求めて泣きつかれてしまって。

それを無視して寝た少女を殺せるほど、私に覚悟は決まっていなかったようだ。



「仕方がないか……」


情にほだされてしまった私の負けだ。

殺すつもりも、見逃すつもりもないなら選択肢は一つ。


さて、それじゃあうまく隠して運ばなくてはな。



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