第49話 は〜いろくでもないことになりま〜す

 日が高く登った昼時。学園の一角、人通りは少なく周囲にいるのは僅かな使用人のみ。白い大理石でできたテラスが日光を反射し輝いている。

 ここは王族などの一部の生徒の為に用意された特別区画。かつては兄ラゴスや姉シルビラもここで次世代の高官と会食をたしなんでいたものだ。

 当然オリクトもここを利用する権限がある。いずれ王国を動かす上位貴族の嫡男、令嬢との会食。留学生との国交。これもまた王族の仕事だ。

 だが初の利用でカルノタスを招待するとは思ってもいなかった。しかし彼は隣国の皇太子だ。無下に扱う訳にもいかず、国交の会食だと己に言い聞かせ責任感でごまかす。

 綺麗なテーブルクロス。並べられたナイフとフォーク。席にはドルドンとブラーク姉弟が鎮座している。


(さて。確かオーラムの公爵令嬢だったわね。側近君と同じ別のクラスに所属していたんだっけ。なーんか嫌な予感がするのよねぇ)


 なんとなくだが嫌な予感がする。特に公爵令嬢だ。

 オリクトの勘は鋭い。前世の人生経験とオタク知識が合わさり非常に心強いものだ。

 そんなオリクトの勘が言ってる。一悶着ありそうだと。


「オリクト様、カルノタス殿下御一行がお見えになりました」


「通しなさい」


 侍女の報告に軽く応え数秒程待つ。すると複数の足音が近づいてくる。


「待たせたな」


 カルノタスを先頭に四人の人物が現れる。一人は眼鏡をかけた長髪の優男、ドロマエオ。そしてその後ろに二人の少女がついてくる。


「さて、先に挨拶だけしておこうか。ドロマエオ」


「うっす」


 軽薄そうな言葉遣いだが、優雅にお辞儀する姿は流石は貴族令息といったとこだろう。少なくとも外見にあれこれ言う事はない。


「披露宴でもお会いしましたね。ドロマエオ・マキュリーです」


「カルノタス殿下の側近でしたね。入学前にもお会いしましたが、殿下を止められなかったのですか?」


「耳が痛い話しですねぇ。まあ、こっちとしても竜の花嫁を迎えたかったものでして。それに……こういう言い方するのも何ですが、殿下の求婚を断るご令嬢がいるとは思わなかったもんで」


 アハハと笑っているが目は違う。面倒な事をしてくれたなと言っているようだ。

 それもそうだろう。オーラムからすればオリクトが目をハートにして嫁いでくれれば万々歳。オーラムにとって良い事ずくめだ。

 そんなドロマエオの態度が気に入らない。


「あら? では、ドロマエオ様は婚約者を捨てて他の殿方に簡単に目移りするような、軽い女が后妃に相応しいと思っていらっしゃるのですか?」


「……まさか」


 ドロマエオから感じるのは苦手意識だ。関わりたくない、そんな感情がひしひしと伝わってくる。

 オリクトは次に二人の少女へと視線を移す。


「さて、次は彼女だ」


 話しは終わりと言いたげにカルノタスは一人の少女を前に出す。

 オリクトよりも少し高い中肉中背の体格。濃いダークブルーのストレートヘア。少しきつそうな印象があるも、綺麗系の美少女だ。


「お初目にかかりますオリクト殿下。トライセラ・アルギュロス公爵令嬢です」


 冷たい声色だ。氷と言うよりも冷えたナイフのような印象を受ける。

 こちらを見る冷たい視線。それは敵意だ。


(まっ、あっちからしたら面白くないでしょうね)


 公爵令嬢なんて妃候補筆頭だ。いきなり皇太子の一存で妃候補が決まったとなれば不満があるに決まっている。もしかしたら本当に婚約者だったのかもしれない。


「はじめましてトライセラ様。お美しい声ですね。私、声の美しい方が好きなんです」


「光栄です」


 そっけない態度だ。こちらのお世辞にも眉一つ動かさない。


「……で、そちらの方が」


 トライセラにはこれ以上追求せずもう一人の方見る。三つ編みに眼鏡、カルノタスに似た黒曜石のような髪と瞳。典型的な文学少女風の娘だ。

 場違いと言いたげにオドオドとした様子で小さくなっている。


「彼女は俺の母方の従姉妹、パラント・ツリウム男爵令嬢だ」


 男爵令嬢。この中では最も爵位の低い貴族だ。本来なら場違いとしか言いようのない存在だろう。

 しかしカルノタスはこう言っていた。母方の従姉妹だと。


(竜の花嫁、カルノタスの母親は元々男爵家出かぁ。皇妃教育とか大変だったろうに。それに……)


 パラントは見てるだけで可哀想に思えるほど小さくなっている。委縮なんて軽いものではない。捨てられた子猫のように縮こまっている。

 こういった場所も慣れていないのだろう。相手にしないのも上位のやり方だが、彼女は皇太子の従姉妹。無下に扱う訳にはいかない。

 精一杯のプリンセススマイルを浮かべて歩み寄る。


「はじめましてパラント様。お顔を上げてくださる?」


「は、はひっ!? わ、私ですかぁ!?」


「…………」


 ため息が出そうなのを必死に堪える。この手の自己肯定感が極端に低い人種がどうも苦手だった。なまじ自分が高位の存在なせいか、前世の感性も相まって自分に非があるように感じてしまう。


「パラント様、そんなに怯えなくて大丈夫ですよ。それに、折角のお綺麗な声が台無しだわ」


「あ、あわわわ……お、恐れ多いです」


(……この子と話すのは最低限にしよっと。こっちがパワハラしてる錯覚がするわ。しっかしまぁ) 


 内心ため息をつきながら頬がストレスで痙攣する。彼女の言動だけではない。もっと重い問題があるのだ。


 (こいつら全員知ってる声登場人物よねぇ)


 最悪の状況。初対面の二人が確実に物語に関与していた事だ。

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