第48話 愛されるより愛したい たまには逆もいいかも
屈辱。その一言で充分だ。面白い、なんて感想は相手を見下しているから出てくるものだ。自分の思い通りにならない、だから面白い。
他の者と違う。そう興味を持たれるのは理解しているが、この言い方は苛立つ。
「オリー……」
想い人の、婚約者の激昂。それを前にドルドンは一瞬目を閉じる。
そして大きく目を見開くとオリクトを抱き寄せる。
「カルノタス殿下。これ以上オリクト様を不快にさせないでください」
「不快?」
「はい。オリクト様は面白いと呼ばれるのが、お嫌いなのです。それはもう、醜いと言われる以上に」
言葉の節々に嫌味が含まれている。彼も怒っていたのだ。
「ちょ、ドル……」
無理をしないでと止めようとするも、袖を引っ張られる。フリーシアが制止し首を振る。彼に任せよう。そう言っているようだ。
「ですので、今後は面白いと言うのは控えていただきませんか?」
「ふむ……」
少し考えるようにオリクトとドルドンを順に見る。そしてどこか不思議そうに眉をひん曲げた。
周囲も息を飲み不安そうに見守っていた。カルノタスは何を言い出すのか。好奇心に耳を傾ける。
「疑問なのだが、何故この事を俺に話した。お前からすれば、俺が失言をすれば得だろう?」
彼の言い分ももっともだ。恋敵であるカルノタスが株を落としメリットしかないはず。敵に塩を送るなんてと不思議に思うだろう。
「簡単な事です。私はオリクト様に不愉快な思いをしてほしくないのですよ。怒りで彼女の美しさが損なわれるなんてあってはなりません」
「ほう? 怒った顔も愛らしいと思うがな」
悪びれる様子もないかった。しかし言い様によってはロマンチックな言葉だ。
怒った顔も可愛い。そう言われてしまうと心が僅かに揺らぐ。いや、ある意味恋人に言ってほしいかもしれない。
「まあ、そこは理解できます。しかし」
肯定するのかと周りもツッコむ。そんな苦笑いを払拭するようにドルドンは急にオリクトを抱き寄せた。
「怒りとはいえ彼女の視線を奪うのは許せません。オリクト様の視界に映るのは私だけでいいので」
「ふぁ!?」
そのまま髪にキスをすると周囲が一気に湧き上がる。オリクトも普段の彼と違い、独占欲を見せるような姿に驚きつつ心臓が跳ね上がる。
悪くない、寧ろいい。こういった普段とは違った雰囲気に心を掴まれるのは老若男女同じだろう。
普段は一步下がっている彼氏が、グイグイ前に出て頼もしく愛を囁いてくれる。ああ、なんて甘美なのだろうか。
(う〜。まさかの不意打ちサプライズ。でもまぁ、無理しちゃって)
よく見るとドルドンの耳が赤い。慣れない事に無茶しているのが丸わかりだ。
(でも、そこが可愛いのよね)
なんだか嬉しくなってくる。こうして自分の為に必死になってくれる恋人。最高に決まっている。
しかし、そこに水どころかソースをぶちまけ逆に喰らおうとするのがカルノタス・オーラムだ。ドルドンの塩を送ったように見せかけた独占アピールも、彼にとってはスパイスでしかない。
「ふっ。それは良い事を聞いた」
「ええ。今後はそのような事は……」
「断る」
ニヤリと妖しい笑みだった。不思議で妖艶な、色気に満ちた笑みだ。
少女達はその色香に当てられ上気し頬を染める。凄まじい、人外じみた美貌に衝撃が走った。
「俺は褒め言葉として言っているからな。オリクトが俺の真意を理解してもらえるよう努めるだけだ。それに」
腰を屈めズイッと顔を近づける。
「お前の視線を独り占めできるなら、尚更止められんな」
したり顔でウインク。思わずくらくらしそうになる程の美の暴力。心から愛する者がいない女性は全員魅了されていただろう。もちろんオリクトもその例外だ。
顔を下げドルドンが更に強く抱き寄せる。来るな。そう全身で叫んでいる。
「うぐっ……ならどうぞ。私は侮辱としか受け取りませんので」
「それが
オリクト、そしてドルドンへと視線を移す。その瞳は獲物を狙う捕食者だ。ターゲットは二人。彼にとって面白いはそんな軽い言葉ではなかった。
完全に見世物と化し、今や教室はロマンス劇の真っ只中だ。
「そこまでです」
そんな劇の中に水を注す者が一人。この教室の主、オリクト達の担任教師。アルマーディだった。
「せ、先生!?」
「ほう……?」
いつの間にいたのだろうか。一切の気配も感じさせず、オリクト達の間に割り込んでいた。
思わず忍者かとツッコミを入れたくなる、流れるような動きだ。
「いつの魔に……」
「俺に気配を悟らせぬとは。アルマーディ先生、貴方はコーレンシュトッフも間者だったのかな?」
この状況下においてもカルノタスは余裕綽々。何故こんなにも楽しそうなのだろうか。
薄々だがオリクトはカルノタスを理解し始めていた。この男は自分の想定外な事が好きなのだ。優秀過ぎるがゆえに想像の外や有能なモノに惹かれている。先生もそのセンサーに引っ掛かったようだ。
しかし彼は教師として一線を引いている。
「私は教師です。悪戯好きな生徒の不意を突くよう独学で身につけました」
「なるほど。それは興味深いな」
「興味を抱かないでほしいのですがね。それよりも」
大きく咳払いをしオリクト達を睨む。王女に皇太子であろうと関係無い。教師として確たる意思を感じさせられる。
尊敬に値する。教え導く者として立場を明確化させている。生徒にビビっていた前世の教師とは大違いだ。
「婚約者のいるレディに言い寄るのは褒められた行動ではありません」
「そうは言われてもな。俺は己の愛に従っているだけだ」
「こういう生徒は毎年のように現れるんですよ。家の移行を無視し、婚約破棄だの略奪愛だの……それを賭け事にする者もいますからね」
ジロリと鋭い視線を周囲に向ける。
警告だ。今までは貴族の若造の戯言。しかし今回は状況が違う。王女と皇太子。面白半分で眺めて良いものではない。
オリクトも賭け事の対象なんてものになる気は無い。
「ご心配なく先生。もしカルノタス殿下が勝つ方に賭ける不届き者がいれば、一匹残らず不敬罪に処して私の実験動物にしますので」
「……そもそも賭け事を起こすのが問題なのですがね」
ため息に空気が揺らぐ。
オリクトの脅すような視線に委縮する者。それでも悪巧みを考える者。
有名税と言えば良いのだろうか。オリクトの学園生活は、やはり平穏とは言いがたかった。
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