第42話 人前で告るのは勇気が……

「紹介に預かったカルノタス・オーラムである。この度は新入生代表の挨拶を託され光栄に思っている」


 光栄に思っているのかはわからない。ただオリクトは悔しそうに睨み続けていた。


「オーラムからの留学生ではあるが、学園を通し諸外国とも交流を深め我々の未来を共に築いていきたい。今や、この学園は四カ国の中心と言っても過言ではない」


 少しずつ熱が込もっていく。自分も同じような事を言っていただろうなと考えながらも、流石は皇太子だとスピーチの力強さに感心する。


「この学園で過ごす三年。皆かけがえない友を、信頼できる部下を、そして最愛の君を見つけるだろう。皆が心に夢や希望を抱き突き進む。それは俺個人もだ。必ずやコーレンシュトッフの姫を皇妃に迎え入れると宣言しよう」


「げぇ!?」


 淑女らしかぬ悲鳴を上げる。

 なんて滅茶苦茶な。こんな場で、大勢の人前でなんて事を。いや、この男はこういう奴だ。初対面から参列した披露宴で求婚しパーティーを台無しにするような男だった。


「あのクソトカゲがぁ……」


「……………………あの、視線が凄い事にってますわね」


 周りからの視線が痛い。隣にいるフリーシアも、オリクトの隣にいるせいか自分も見られていると錯覚してしまう。

 こんな晒し者にされて黙っていられるか。ふざけるなクソトカゲと叫びたいが、入学式な最中だとぐっと堪える。ここでこの男と同じになってはいけない。般若面のまま必死に自身を抑える。

 しかし騒ぎの最中、頭の片隅にモヤがかかる。

 ドルドンにもこんな風にしてくれたら。そんな事が頭を過る。



 

 アルマーディ・ナトロン。コーレンシュトッフ王国の男爵家、その三男。継ぐ家督もなく、若い頃から危機的状況な頭部は三十三で毛髪がすっかり後退しお世辞にも婦人に好まれる容姿をしていない。はっきり言ってさえない人生を送るのは目に見えている。

 だから勉学にのめり込んだ。知識は笑わない。剣とは違う武器になると信じていた。それが十年前に認められた。

 国王ウルペスから直々に王立学園の教員に勧誘された。あの瞬間、世界に初めて鮮やかに染められたような気がした。

 何たる光栄か。兄を出し抜き国王と直に言葉を交わせた。学園長に女性が立つのは不本意だったが、この十年教師として精進し続け次期学園長と噂されるまでに登り詰めたのだ。

 そんな彼はとてつもない胃の痛みに悩まされていた。原因は解っている。彼が受け持つ事になった生徒達だ。

 コーレンシュトッフの第二王女、オリクト・コーレンシュトッフ。発明姫と名高い才女だ。

 そしてもう一人。オーラム帝国皇太子、カルノタス・オーラム。容姿端麗成績優秀。あらゆる面で他の生徒を凌駕する完璧超人。

 王族を受け持った事がストレスの原因か。否、彼は現王太子のラゴスだけでなく第一王女であるシルビラにも教鞭を取っていた。王族であろうと関係ない。教師として、人生の師として導く。この仕事に誇りを持っていた。

 だがカルノタスの代表挨拶、それが引き金となったのだ。

 白昼堂々とした求愛。以前、カルノタスがオリクトに求婚し断られた噂は聞いている。寧ろコーレンシュトッフ中の恰好の噂話だ。

 マグネシアとの熱愛、いや逆に王家が脅されている。実はオリクトが二股をしている。そんな曲解した噂も流れており、貴族の娯楽にまでなっている。そこにこの爆弾だ。今やこの教室の中心は自分ではない。オリクトとカルノタスの二人だ。

 男女左右に分かれてはいるものの、オリクトは般若の形相で怒りのオーラを滲み出し、隣にいるフリーシアが縮こまってしまっている。

 一方カルノタスは自信満々、文句があればかかってこいと言いたげだ。本来オリクトの婚約者であるドルドンは鉄仮面のように無表情。いや、目だけは獰猛な狼のようにカルノタスを睨んでいた。


「あのお噂は本当だったのね」


「オリクト殿下が選ぶのはカルノタス様に決まってますわ。あんな成金伯爵なんて……」


「でもお二人が仲睦まじく歩いているのを見たどか」


 噂好きな乙女達は早速ひそひそ話に花を咲かせている。オリクトが冷静さを取り戻せば学級崩壊と叫んでいただろう。しかしこの場を諌める資格がある者は一人だけだ。


「静粛に!」

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