第41話 前世と違う青春学生ライフ! 泣いてはいないからね

 その日、コーレシュトッフ王国の一角は大いに賑わっていた。それもそのはず。国内最大の教育機関、王立学園の入学式の日だった。

 現王ウルペスが設立した教育機関。国内だけでなく近隣色国からも留学生が訪れる、ある意味世界の中心とも言える巨大な施設だ。

 そんな重要施設のイベント、更に今年は今だかつて無い程に大掛かりなものになっていた。

 講堂に集められた新入生達。その中で周囲の視線を集める人物が二人いる。

 当然その一人はこの学園を設立したコーレンシュトッフの王女、オリクトだ。ピンクのブラウスに赤いリボン、白のブレザーと長いスカート。そんな下ろしたての制服が眩しい。

 生徒達から集まる羨望の眼差し。王女の立場もそうだが、ここ最近は魔法具開発者としても名を広めている。今や著名な才女として国中に広まっている。

 はっきり言って良い気分だ。承認欲求は活力になるし、これが悪事でないのだからなお嬉しい。皆が褒め称え賛美する。その為に努力して何が悪いのか。


(ふっふっふ。これよこれ。立派な、国の為に頑張る王女様をやってた甲斐があるわぁ。前世の知識チートにそれを存分に振るえる環境。ああ、もし平民なんかに産まれていたらこんな事にはならなかったでしょうね)


 オリクトは自身を偽善の塊だと自負している。魔法具の開発と普及も自身の生活を快適にする為、そして賞賛を浴びる為だ。

 だが善意だけで行動しないよりも、打算や裏打ちされても善行を行う方がマシ。口先だけの連中をオリクトは心底嫌っている。

 これは正当な報酬だ。王女として国の繁栄に尽力した自分へのご褒美なのだ。

 しかし彼女には不満がある。それはもう一つの視線を集める存在だ。

 女子生徒からは熱情を帯びた視線を、男子生徒からは畏怖と嫉妬。頭一つ……いや、二つも三つも超えた圧倒的な存在感。


(本当にいたのねカルノタスクソトカゲ。なんなのよ、なんで留学生がこんなにも目立ってんのよ。いや、客観的に見れば超絶イケメンの皇太子とか涎が止まらないでしょうね)


 砂糖に群がる蟻、と言いたい所だが彼女達を頭ごなしに非難するのはナンセンスだ。

 ここは現代日本ではない。有能な男に、金や地位のある家に嫁ぐ。それを一番の幸せと思う事は今の世界では普通なのだ。むしろオリクトの方が異端に近い。

 だからこそカルノタスのような美も力も何もかもを持つ男に見初められたい、と夢見るのは当然の事である。


(とりあえずはもう一人の花嫁、本来の主人公を探さないと。とにかく今は私とドルドンの未来が優先。王女チートで人海戦術もパーフェクト。苛められっ子を片っ端からクソトカゲに会わせれば……)


「オリクト様」


 思考の海に沈んでいたとこ、フリーシアの声に引き上げられる。


「学園長のご挨拶です」


「おっと」


 考え事は後だと思考を切り替える。姿勢を正し新入生達は壇上に上がった婦人の咳払いに注目した。

 アップにまとめられた清潔感のある金髪。そしてルビーのような赤い瞳。この特徴に当てはまる人物にオリクトは心当たりがある。コーレンシュトッフの王妃であり母親のルプス。そして姉のシルビラだ。

 勿論国中のどこか、隣国にだって同じ特徴の人物はいるだろう。


「…………素敵ね。流石は叔母様だわ」


 王立学園初代学園長。王妃ルプスの妹、クニークル・へーリム。かつて王妃候補の一人として名を馳せた貴婦人だ。

 ピシッと背筋を伸ばし直立不動。ただ立っているだけなのに、大の男にも勝る圧倒的な威圧感を放っている。


(身体の中に鉄骨でも入ってるのかしら。元王妃候補なだけはあるわぁ)


 クニークルに思わず見惚れてしまう。カッコいい。そんな言葉が溢れてしまいそうだ。

 それはオリクトだけではない。隣にいるフリーシアも同様だった。令嬢達からの尊敬の眼差し。カルノタスに向けられたものとは違う。純然たる敬意と憧れ。男社会にあらわれた職業婦人の星。彼女はコーレシュトッフ中の女性の憧れなのだ。


「新入生の皆様、はじめまして。学園長のクニークル・ヘリームです。この度はご入学おめでとうございます」


 まるで陶磁器のような繊細な声。オリクトに聞き覚えのある声ではなかったが、この声は好きだ。耳に残り脳を揺さぶられる。そのせいか話しの内容が頭に入ってこない。


「そしてオーラム、オキシェン、ワーテルストルフの留学生の皆様。ようこそコーレシュトッフへ。共に学び手を取り合う未来を願っています」


 留学生。頭が痛くなる言葉だ。カルノタスの事だけではない。各国の貴族令息に令嬢が集まる学園。もはやここは世界の中心とも言えよう。

 現にコーレシュトッフとオーラムは色恋沙汰で代理戦争中だ。こんな痴話喧嘩をあちこちで起こす訳にはいかない。一歩間違えれば本物の戦争に発展しかねない。


「いかがなさいましたか? とても頭が痛そうに見えますが」


「痛いのよ。これからの学園生活に希望と不安がのしかかってくるんだから」


 この場にはいない、男子生徒の区画にいるドルドンに想いを馳せる。

 前世では灰色の青春だった。非リア充の人生の見本市のような学生時代だった。しかし今は違う。彼氏と過ごすリア充学生ライフが確約されているのだ。

 そして同時にカルノタスの存在が頭痛の種になっている。在学中にオリクトを落とすと豪語していた。彼の性格からして力強くで事を進めはしないだろうが、はっきり言って良い気分ではない。

 二人の男に挟まれるなんて恋愛漫画の主人公のようだが、どれだけハイスペックイケメンであろうと恋人のいる乙女を口説く男なんて真っ平御免だ。

 そうしている内にクニークルの話しは終わってしまった。


「では新入生挨拶。カルノタス・オーラム」


 カルノタスが呼ばれた事で再びざわつく。それもそうだ。この辺では最大の帝国、その皇太子の名を知らぬ者はいない。

 壇上に悠々と現れるカルノタス。黒いシャツに女子生徒と対になるような白い制服、そして赤いネクタイ。遠目からも解る長い足と自然発生したとは思えないよえな出来すぎたスタイルに女子生徒が見惚れている。


(あいつがいなかったら私が首席で挨拶したのに!)


 苛立ち敵意に満ちた視線で睨むも、それに気付いたのか偶然か、カルノタスがこちらに視線を向ける。

 小さなウインク。こっちの意図なんか無視したあからさまなアピール。何人かは自分に向けられたと勘違いをし顔を真っ赤にしていた。


「オリクト様。あの男、どんな精神構造しているんでしょうね」


「知らない。竜の血が流れてるとか言われてるんだから、普通じゃないんでしょ」

 人前だからとため息を我慢していると、カルノタスが口を開いた。

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