第40話 やっておしまいなさいダーリン!
言葉に詰まる。何か言い返したいドルドンの気持ちも解るが、所詮彼は伯爵令息。真っ向から反論すれば不敬だと断されかねない。
それをカルノタスも理解している。
「どうした? 遠慮はいらんぞ。今なら罵詈雑言であろうと許す。貴様も男なら己の意思を見せてみろ」
解り易い挑発だ。護衛の騎士達も息を飲む。
乗るのか否か。ドルドンは決めかねていた。言ってやりたい事はある。しかし自身の身分が足を止めてしまう。
その気持ちにオリクトが気付かないはずがない。
「ドルドン。私が許します。だから貴方の気持ちを効かせて。私の夫になるなら、お姉様の披露宴の時みたいに素敵な姿を見せて」
「オリー……」
目を閉じ深呼吸。ドルドンは立ち上がりオリクトに頭を下げる。
「一つお願いがあります。オリクト様が名付けたカルノタス殿下の
愛称なんてあったかと一瞬首を傾げる。しかしドルドンの意を察し思わず口元が緩んだ。
ああ、彼は立ち上がったのだ。男として、オリクトの為に戦うと決めたのだ。
「許します。遠慮なく心の内をさらけ出しなさい」
「ほう? オリクトが俺を愛称で? それは興味深いな」
何処か楽しそうだがそうはいかない。カルノタスの前にいるのは覚悟を決めた男。例え天上人が相手だろうと、想い人を奪われまいと立ち上がった男だ。
「いい加減にしろよクソトカゲ」
時が、空気が凍り付いた。
「オリーはあんたに渡さない。彼女は誰かのものにならないから美しいんだ。それにオリーにはやるべき事がある。それを邪魔するなら皇太子だろうと許すものか。決闘を受けてやる。あんたをこてんぱんに打ち負かしてやろうじゃないか」
ドルドンのこんな荒々しい声は初めて聞いた。感情的で情熱的で、普段の仔犬のように付き従う様はそこには無かった。
今のドルドンは狼だった。
「それと、シルビラ様の披露宴で俺に勇気と無謀を履き違えるなとか言ったな。その言葉、そっくりあんたに返してやるよ」
「ほう?」
再び深呼吸をしカルノタスを見下ろす。地位も立場も関係無い。一人の男として立ち向かった。
「オリーの心は俺が満たす。あんたがつけ入る隙間は絶対に無い。負け戦ってのを教えて差し上げますよ、皇太子殿下」
皮肉たっぷりな言い方にオリクトも笑いそうになる。言ってやった、ざまあみろ。ドルドンに拍手を送りたい気分だ。
しかし騎士達は気が気じゃなかった。皇太子になんて事を言ってるんだ。いくら挑発し許すと言ってもこれはやり過ぎではないかと。
オリクトも内心冷や汗ものだ。以前はオリクト自身だったからカルノタスは手を出さなかったものの、憎き恋敵のドルドンならどうか。本当に許すのか疑問が残る。
しかし背を押したのはオリクト自身だ。それにこうして啖呵を切りカルノタスに立ち向かうドルドンに感動していたのも事実。
さてどうなる。この場にいた全員が息を飲む。
「フ……」
ゆらりとカルノタスが立ち上がった。
「フハハハ! そうか、面白い……面白いぞドルドン・マグネシア!」
笑っている。それはそれは楽しそうに。
そうだ、この男は言っていた。オリクトが自分に抗った事に惹かれていたのだと。ドルドンの行動はむしろ好のましいのだろう。
「それでこそ挑みがいがあると言うものだ。決めたぞ、オリクトを手に入れたあかつきには貴様も貰う」
(あ、顎クイ!?)
カルノタスの方が背は高い。そんな彼がドルドンの顎に手を伸ばした。
脳が一気に沸騰する。前世のオタク魂が点火しエンジンが唸る。この光景を記録したい欲求に鼻息が荒くなる。
いやダメだこんな事は許されない。こんなの、ドルドンが奪われたに等しいのだ。
「カルノタス殿下! 何をされているのですか!」
「ああ、彼にも興味があってね。確か……クド族とかいったな」
「!」
くだらない誤解だった。よくよく考えればこの男が男色家なはずがない。そしてクド族の情報を手に入れるのは簡単な事。更に魔法具を作れる人材が希少であるのも知っているはず。
カルノタスが欲しているのはドルドン個人じゃない。クド族だ。
「魔法具職人の部族らしいな。披露宴の時も思ったが、コーレンシュトッフの魔法具の普及状況は
「…………」
「そしてオリクト。君がその開発者として名を馳せているとか。そうなれば二人まとめて欲しくなる」
狡い男だ。愛だの恋だの言いながらもしっかり利益の計算をしている。
「残念ですが僕はオリクト様のものです。殿下のものにはなりません」
ドルドンも思い出したように手を振り払う。こころなしか先程と違い落ち着いたいつもの口調に戻っている。
「構わん。貴様がオリクトのものであり続けるのなら、オリクトごと貰う。楽しみにしているぞ、好敵手」
高笑いをしながら踵を返す。その一挙一動が優雅で非常に腹立たしい。何よりも、ドルドンをも巻き込もうとするのが気に入らない。
渡すものか、奪われるものか。カルノタスはドルドンに宣戦布告をしたつもりだが、彼だけではない。
カルノタスが退室すると、怒りのままにテーブルを叩く。
「いいわよクソトカゲ。あんたがその気なら徹底的に叩き潰してあげる」
般若だ激昂したオリクトは般若となって笑い出した。その威圧感にドルドンだけでなく騎士達も気圧されている。
(と言うか学園に来る予定だったって事は、主人公もいる可能性が高いわね。こうなったら、さっさと主人公を見つけて押し付けてやるんだから! 私の未来のためにね!)
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