第39話 デュエル! なんてやってられませんわ!

 王宮にある一室。そこはどんよりとした空気に満たされていた。その原因は勿論オリクトにある。

 ドス黒い怒気を纏っている。部屋に控えている護衛の騎士ですら気圧される威圧感を、こんな小さな身体から出しているのだ。淑女なんて言葉は城の外に投げ捨てている。

 オリクトとドルドンの前には楽しそうに微笑むカルノタス・オーラム。

 地獄絵図。ドルドンにとっては精神的に重苦しい状況だ。だが逃げる訳にはいかない。相手は最強最悪の恋敵。オリクトに任せ後ろで震えてるなんて男が廃る。

 何よりもウルペスと約束したのだ。オリクトの為に戦うのだと。

 我先にと口を開いたのはオリクトだ。


「さて、カルノタス殿下? 私だけでなく、ドルドン様も同席してほしいなんて。いったいどのようなご要件でしょうか?」


「…………単刀直入に言う。オリクト・コーレンシュトッフ、君に再び結婚を申し込みたい。君こそオーラムの皇妃に相応しい」


 内心ため息が溢れる。あれだけオリクトに叩き潰され、言葉の剣でめった切りにされ、こてんぱんに打ち負かされたのだ。それでいてまだ求婚するとは。図太いなんてものじゃない。イカれている。

 だがドルドンは予想通りと警戒していた。今回の来訪も最初から求婚だと察していたのだ。


「カルノタス様。先日私の言葉に納得したのではないのですか? それとも、自分の血……竜の本能に屈伏したのかしら?」


 オリクトの言葉は棘だらけだ。それだけ怒り心頭なのだろう。そしてこれだけ言われてもカルノタスは涼しい顔をしている。

 それが奇妙と言うよりも、不気味に感じた。


「いいや、逆だよオリクト。君は俺を竜の呪縛から開放してくれた。俺が君を皇妃に迎え入れたいのは竜の花嫁だからではない。俺は君に恋をしている」


 なんともロマンチックかつ甘い囁きだ。大多数の乙女は目をハートにして歓喜の声を上げるだろう。だがオリクトにとっては逆効果だ。


「恋ですか? 相変わらずですね」


「違う。今の俺は竜の花嫁に囚われていない。俺は俺の意思で君を妃に迎えたいと思っている」


 その瞳は真っ直ぐオリクトを捉えていた。以前のすがるような瞳とは違う。

 これは困った。彼は正気だ。


「俺を正気に戻してくれた。俺に恐れず異を唱える。その勇気と強さこそ今の俺に必要なんだ。竜に寄り添う強き姫、それこそオーラムの皇妃に相応しい」


「言いたい事は理解しました。ですが何度も申し上げているように、私はドルドン様と婚約しております。何よりも、私達はお互いに想いあっています。殿下のつけ入る隙間などございませんが……」


 ドルドンも一緒に頷く。

 普通なら諦めるはずだ。家同士の都合、当事者の気持ち、どれもが一致している珍しい状況だ。それでも二人の周辺でこの結婚に異議を唱える者はいない。この男、カルノタス以外は。


「ああ。だからこそドルドン・マグネシア、貴様に決闘を申し込みたい」


 思わず言葉を失いかける。決闘、そんな物騒な事にドルドンを巻き込みたくない。そもそも、自分が原因で命の奪い合いなんてトラウマものだ。


「冗談じゃないわ! 決闘だなんてさせません!」


 ここまで声を荒げるのは久しぶりだ。はしたないと言われようと、決闘なんて認める訳にはいかない。


「落ち着いてくれオリクト。決闘と言ったが剣の戦いではない」


「剣ではない?」


「ああ。そうなったら決闘ではなく蹂躙になる。片手片足、目を閉じていても俺が勝つからな」


 フンと鼻で笑うが、残念ながら事実だ。

 カルノタスの武勇はコーレンシュトッフにも届いている。更にドルドンはノルマンのように本格的な訓練を受けていると聞いた事が無い。そもそもこの場にいる騎士達み、一対一では勝てるか怪しい。


「ではカルノタス殿下。私とどういった決闘を?」


「……俺は来月、コーレンシュトッフ王国国立学園に入学する。二人と同じくな」


 うげっと思わず顔をしかめる。このストーカー野郎と叫びそうになったが、カルノタスはオリクトの考えを読めない男ではない。


「そんな顔をするな。元々見識を広め、花嫁を探す為に入学する予定だった。まあ、花嫁はその前に見つかったがな」


 熱を帯びた視線が向けられる。誘惑するような妖しい目に息を飲む。


「俺は在学中にオリクトの心を手に入れる。君の隣に立つのは俺が相応しいと言わせてみせる。そして貴様はオリクトの心を繋ぎ止められるか。簡単だろう?」


 ニヤリとした笑み。ドルドンへの挑発だ。

 あくまで魅力で競う。直接暴力に訴えないのはホッとしたが、ドルドンは不満そうに眉間にしわを寄せている。


「戯言ですね。オリクト様は景品ではありません」


「あくまでどちらがオリクトに選ばれるかの勝負。景品は……俺達の方だ」


 余裕な態度を崩さない。いや、争う事を避けているドルドンを嘲笑っているようにも見える。


「色鮮やかな鳥は雄が雌に求愛のダンスを踊る。そして選択権は雌にある」


「オリクト様の意思を尊重すると?」


「そうだ。貴様を切り捨てるのはティータイムの傍らでも可能だが、それではオリクトの愛は得られない」


 確かにそうだ。想い人を殺した相手に愛情を抱くはずがない。

 なんとなくだが、以前よりも理性的に見える。だからこそ伝わる。彼は竜の花嫁が欲しいのではない、オリクトが欲しいのだ。


「俺はオリクトの愛を手に入れる。力ではなく、俺自身の愛でな。勝負だドルドン・マグネシア。それとも、オリクトの後ろでびくびくと震えながら俺が諦めるのを待つか?」


 本来なら挑戦者はカルノタスの方だろう。 しかし彼の威圧感から立場は逆転している。

 ドルドンを打ち破りオリクトを奪う。暴力や権力ではなく、心からの愛を手に入れてみせる。そんな気迫に気圧されてしまった。

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