第38話 まだだ、まだ終わりませんわ

 ブラーク姉弟にとってはむしろ新鮮な光景だ。貴族社会、それも公爵家と最高位の貴族である彼女達には物珍しい光景……ではなかった。

 兄であるアンガスもシルビラと良好な関係を築いている。少なくとも政略結婚の中にも愛を育めるのを理解していた。

 そんな二人が頼もしい。オリクトにとって腹の探り合いをしなくても良い、心の許せる友人。それがブラーク姉弟だった。


「さっ、二人もこっちにいらっしゃいな。マムート、二人のお茶を用意して」


「承知いたしました」


 にこやかな笑みでマムート達に案内をさせ、オリクトは席に戻る。

 ああ、これぞ日常だ。厄介者カルノタスもいない、友と恋人と過ごすティータイム。まさにリア充。顔には出さないが、内心高笑いが止まらない。

 そうしているとオリクトの耳にドルドンとノルマンの会話が聞こえてくる。


「ところでドルドン。君は剣を使えるかな?」


「いいえ。僕らクド族は剣を持たないんです。剣は商品ですし」


「ならどうやって身を守るんだい? 魔法具を狙う盗賊もいるだろう?」


「基本的に素手ですね。あとは篭手に刃物を仕込んだり、格闘技で対応しています」


「それは興味深いな」


 二人の会話はある意味男らしいものだ。いや、それよりもドルドンがこうして談笑しているのが微笑ましい。マグネシアが辺境にある上、クド族への差別意識のせいか彼は友人がいない。だからか、ノルマンのような者が近くにいてくれるのがありがたかった。


(……やっぱり)


 嬉しく思いながらもオリクトは二人の会話に耳を傾ける。話しの内容ではなく、ノルマンの声に注目していた。


(ノルマンの声も聞いた事が無いわね。声変わりしてわかるかと思ったけど、ブラーク家は関係なさそうね)


 ノルマンだけではない。フリーシアの声もオリクトの前世の知識記憶にはなかった。

 オリクトがこの世界が創作物の中だと判断したのは家族の声だ。前世で聞き慣れ親しんだ声優の美声、聞き間違えはしない。そしてドルドン、カルノタス、その側近であるドロマエオの声も知ってる。

 しかし身の回り全てがそうではなかった。ブラーク家の人々にマムートを含め専属の侍女達の声は知らない。そしてオルカもだ。


(ドルドンが主人公かと想ったけど、それならオルカの声が不自然ね。フリーシア達だってそうだし……)


 そして何より、一番不思議なのは【竜の花嫁】だ。何も持たない娘に一目惚れする為の設定。何故これに選ばれたのかが理解不能わからない

 なんせオリクトの人生は順風満帆。例えば家族仲が劣悪だったり、ドルドンをフリーシアに寝盗られたりしたのなら解る。正に悲劇のヒロインだ。

 しかし実態は違う。


(可能性があるとすれば、本来披露宴で出会わなかった。私に変わったせいで物語が変わってしまったと考えるのが普通ね)


 ため息が溢れる。これが物語だと確信しなければ気にせず人生を謳歌できたのにと胸が苦しくなる。


「いかがされましたか殿下?」


「ん? ああ、ちょっとオーラムというか、クソトカゲが不安で」


 フリーシアに聞こえてしまった。言い訳をするもあながち嘘ではない。そもそも隣国の皇太子をクソトカゲなんて呼ぶ神経に開いた口が塞がらない。


「お父様も簡単に諦めはしないって言ってるし。花嫁だか何だか知らないけど、獣じみた本能で好かれるなんて最悪だわ」


「そうですわねぇ。ましてや婚約者がいようとお構い無し。三人目の花嫁とやらが見つかると良いのですが」


「三人目? ああ、そういえばオーラムの皇妃も花嫁だ……」


 そこでオリクトの脳内に電流が走った。

 そうだ三人目だ。現在オリクトを含め二人の竜の花嫁が存在している。もう一人いたっておかしくはない。いや、あり得る。むしろその三人目こそ……


(主人公だっ!)


 頭の中でパズルが組み合う。


「それよ! 他の花嫁を見つけて押し付ければいいんだわ!」


 そう、そしてそれこそこの世界の中心人物なのだろう。

 もう一人の花嫁はきっと不憫な思いをしているはずだ。きっと本来のオリクトは披露宴でカルノタスろ出会わなかった、もしかしたら王女としては不真面目だったのかもしれない。

 オリクトがカルノタスと出会うのがもう一人の花嫁の後だったら。もしドルドンとの仲も自分ではなく本来のオリクトだったら違っていたかも。

 彼女が前世の知識を総動員した結果、導き出されるのは一つ。


(私、ラスボスだ)


 主人公と同じ超ハイスペ男を本能で惚れさせる花嫁の力。ヒロインとは真逆とも言える優しい家族。そして幼い頃から感じていた兄や姉の悪人顔。

 本来の物語はこうだ。ドルドンとの婚姻を嫌がるオリクト。だがそんな彼女の前にカルノタス(と主人公)が現れる。一目惚れするオリクト、同じ花嫁に動揺するカルノタス、そして妹を皇妃にしようと暗躍するラゴスとシルビラ。


(フフフ……完璧。きっと主人公はオーラムの貴族ね。だぁが! 私はラぁぁぁぁスボスにはならないわ。メソメソしている主人公ちゃん、どうぞ皇妃になってくださいな)


 心がふっと軽くなる。餌が他にあるのなら未来は明るい。ドルドンとの仲を邪魔されず国交も平穏。オリクトにとって良い事尽くめだ。


「花嫁さえいれば、断っている私に執着する意味は無くなる。完璧だわ! そうと決まれば……」


「あー、オリー? 少しいいかな?」


 ニヤニヤと笑みが止まらない。そんなオリクトと違いどるは少々不安そうだった。


「その、他の花嫁を見つけてオリーを諦めてもらう。それは僕も賛成だけど……どうやって見つけるの?」


「………………あ」


 冷や汗が頬を伝う。花嫁探し。それがどれだけ困難なのかを思い出した。


「確か、花嫁かどうかってカルノタス殿下が直接見ないとわからないんだよね?」


「そうだった。私に探す手段が無いんだった」


 完璧、と想っていたが大きな穴があった。能動的に探せないものをどうやって見つける。花嫁かどうか、見分ける術が無いのにどうやって探せばいい。


「最悪……」


 がっくりと項垂れるオリクト。せっかく名案が浮かんだのに出鼻から挫いてしまった。精神的ダメージは大きい。

 が、そこに追い打ちを掛ける者がいた。


「で、殿下! オリクト殿下!」


 オリクトの侍女が息を切らしながら走ってくる。


「何よ騒々しい」


「申し訳ございません。ですが緊急事態でして」


「緊急事態?」


「はい。カルノタス・オーラム皇太子殿下から書状が届きました」


 空気が凍り付く。今まさに話題に上がっていた問題児。その名にオリクトの肩が震える。


『い……いい加減にしなさいよクソトカゲぇぇぇぇぇぇ!!!』


 日本語で叫ばれる悪態。しかしそれはこの場にいる誰にも理解されなかった。

 オリクトの魂の叫びはただの奇声にしか聞こえないのだ。

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