第37話 騎士が跪く イイ!
もう少し二人きりで楽しみたい、この甘い時間を過ごしたい。
「殿下、ノルマン様とフリーシア様が到着されました」
しかしそんな幸せは紙のように軽く吹き飛ぶ。侍女の一言。来客を告げる言葉に興が削がれる。
それでもその客を呼んだのはオリクトだ。文句を言うのはお門違いである。
「通して」
「かしこまりました」
侍女が離れた数秒の内にドルドンと一緒に身だしなみチェック。お互い問題ないと頷き客を迎え入れる。
二人の前に現れた者、グラマラスな身体を揺らし、自信に満ちた足取りの令嬢。公爵令嬢のフリーシアだ。更にその一歩後に青年が続く。
「ご機嫌ようオリクト殿下。ドルドン様も相変わらずなようで」
「ええ、いつも通りよ。それで……」
フリーシアに続く青年を見上げる。何処となく顔立ちはアンガスよりフリーシアに似ていた。しかしブラーク家の男だからか、鍛え上げられた肉体が筋肉が僅かに露出した首や太い指から想像できる。
「お久しぶりです殿下!」
とても元気な(皮肉)挨拶だ。フリーシアに似たブラウンの髪を伸ばしたやや
「ええ、お久しぶりですねノルマン様。しかしまぁ……」
思わずノルマンを見上げる。でかい。カルノタスも高身長だが、鍛え上げられた筋肉がよりノルマンの身体を膨らませている。オリクト自身が小柄なせいか、とてつもない巨漢に見えた。
「しばらく見ない間に、大きくなったのね」
「ええ。御覧ください殿下。この鋼の肉体ならばどんな狼藉者であろうと一網打尽にして見せましょう……っと、そうだった」
思い出したようにオリクトの前に跪く。元々の顔の出来も良く、身形もしっかりしている。カルノタスには劣るものの、これはこれで絵になる光景だ。
「此度、学園内にて殿下の護衛に任命されました。このノルマン、ブラーク家の名に賭けて姫をお護りします」
まるで漫画の見開きのような様に思わず心が踊る。が、あくまで護衛役。この情景に心を奪われたりはしない。
「期待してますよノルマン様…………期待して良いのよね?」
ちらりとフリーシアの方を見る。
「ええ。少なくとも腕っぷしと王家への忠義は本物ですから。少々だらしない所がありますけど」
「そう。あっ、ドルドン」
「はい」
席を立ちオリクトの隣へ。傍にもう一人男がいると、ノルマンの巨漢っぷりが一層際立つ。
カルノタスとは違った威圧感にドルドンは思わず息を飲んだ。
「紹介するわ。私の婚約者、ドルドンです」
「はじめましてノルマン卿。ドルドン・マグネシアです」
軽やかに一礼しノルマンを見上げる。一体どんな男なのか。女好きと聞き、はっきり言って印象は良くない。だがブラーク家の人間なら敵意は無いはず。
そう信じノルマンの目を見た。
「そうか、君が……」
彼は笑い出した。ニヤついた嘲笑するような笑顔……ではなく子供のような明るい笑顔だ。それは敵意ではなく好意に見える。
「いやー、会いたかったんだよ。君の事は姉上から聞いててねぇ。クド族の事も父上と兄上から聞いて興味があったんだ。ああ、俺の事は私的な場ではノルマンと呼び捨てにして構わないよ」
半ば無理矢理ドルドンの手を取り握手し振り回す。流石は男か、それともオリクトの前で無様な姿を見せまいと意地を見せたのか踏ん張り腕と一緒に振り回されそうな身体を押し止める。
「殿下と同じく君も護衛対象だが、ぜひ君とは友人としても付き合いたい。何せ殿下の婚約者だ。それにクド族の皆とは今後も良い関係を築いていきたいんだ」
「は、はあ……」
「優秀な騎士には良質な武具が必要だ。君達の剣は最高でね。やはり使う者と作る者との信頼関係は良好であるべきと思わないかい?」
早口でまくし立て気圧される。ノルマンの言葉に嘘は無いだろう。
騎士と武器職人。ブラーク家にとってクド族はその関係だ。だからこそ移民に嫌悪感を抱かず、純粋にクド族の手腕を評価している。
彼らに必要なのは理解者だ。魔法具の有用性を認め、作る技術を受け入れる。ノルマン達はその先駆けになってくれるだろう。
「ええ、そうですね。お心遣い感謝いたします」
「そう固くなるな。そうだ、今度行きつけの店で……」
そう言いかけた時、フリーシアがわざとらしく咳払いをする。何かの合図か、それを聞いてノルマンは急速に顔を青ざめさせた。
「ノルマン? まさかドルドン様も娼館に誘うつもりかしら? 殿下の婚約者なのをお忘れ?」
「い、いやー。まさか、会えて嬉しくてちょっと羽目を……」
「何が会えて嬉しくてよ! そもそもお兄様の結婚式でフラフラしなければ殿下と一緒に挨拶できたの! まったくこの愚弟は」
呆れ果て大きなため息を溢すフリーシア。それだけではない。ドルドンもオリクトが見た事の無い嫌悪感たっぷりに顔を歪めている。
怒っているようにも見えるが少し違う。
「娼館なんて行きません。僕がオリクト様以外の女性に触れるなんてありえませんから」
「ドルドン、君は誤解している。いいか? あくまで将来の為にレディの扱いを練習に行くのさ。君だって殿下に乱暴な事はしたくないだろ?」
「なるほどね。それは一理あるわ」
意外な事に肯定するオリクト。これには全員が驚く。
「えっと、オリー? もしかして慣れていた方が良いのかい?」
仔犬だ。震えながら恐る恐る聞く姿は親と離れた仔犬のようだった。そんな酷い事を命じないで。そう言っているように見える。
勿論オリクトも不安そうな婚約者の様子を無視する訳にはいかない。
「まあ……慣れていれば安心できるのを否定はしないわ。でも」
急速に声のトーンが落ちる。
「やっぱり、ドルドンが私以外を抱きしめるのは嫌かも」
懇願するような上目遣い。こんな目をされてドルドンが黙っていられるだろうか。
答えは否だ。
「行かない。絶対に行かないよ」
オリクトに尻尾を振っているのが見える。そんなやり取りにブラーク姉弟も唖然としていた。
ある意味仲睦まじいと言えば正しいが、二人から見ても呆気にとられる光景だった。男らしくない、と言いそうになるも二人の世界に圧倒される。
「姉上。殿下達っていつもこうなのか?」
「ええ。見てるこっちが恥ずかしくなるくらいには……ね」
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