第36話 未来の話しを……したいのよ!

 王宮にある庭園、女の社交場としてルプスやシルビラもよくお茶会を開いていた。

 一方オリクトは違う。どちらかと言えば彼女はそういった催しには消極的だ。ドルドンとの婚約が決まってから、現代日本の利器を再現する事に没頭していた。フリーシアのように全く外と関わっていなかった訳ではないが、交流そのものは少ない。

 そんな庭園でオリクトはめったにしないしかめっ面をしていた。


「はぁ」


 周りに聞こえないよう小さくため息をつく。彼女が手にしているのは書類の束だった。


「これは酷いわね」


「返す言葉もないよ」


 対面し小さくなっているのはドルドンだ。彼が渡したのはマグネシアの状況、特に従者関係をまとめたものだ。正直言って貴族の家かと疑うレベルだった。

 確かにマグネシアはクド族の族長一家をウルペスが半ば無理矢理貴族に仕立て上げたもの。世間の金で爵位を買ったと揶揄されるのも間違いではない。しかしその急造貴族だからこその弊害が出ていた。

 族長とはいえ元々平民。大抵の事は自力でできるし世話をされる概念がなかった。そのせいで使用人がオルカを含めてたったの三人しかいないのだ。


「えっと? ドルドンの専属のオルカ。妹……アトロクの専属デルピー。あと家事手伝いのモノ。ねぇ、なんでこんなに少ないの?」


「その、クド族の大半が職人だろう? そもそも使用人として働きたい人がいないんだ。しかも陛下の指示で魔法具の増産の為に人を回してるから……」


 予想はしていたが酷いものだ。使用人の質と量は貴族のステータスでもある。その使用人が陳腐ではオリクトの今後も不安になるだろう。


「人手不足かぁ。あと教育も行き届いてないとか問題だらけね。ん? でもオルカはしっかり仕事してるわよね」


「父が爵位を頂いた時に王宮から派遣された方に師事されてね。まともに使用人教育を受けたのオルカだけなんだ」


「じゃあその人に……」


「もう引退している」


 ゆっくりと首を横に振った。


「引退前の最後の仕事……って事でね。オルカが一人前になったら故郷に帰ったよ」


「それは残念ね。とりあえずは人員確保からかなぁ」


 いくらマムートを連れて行くとはいえ、彼女一人では手が回らない。それにオリクトを中心とした公爵家になる予定なのだ。このままでは沽券にかかわる。


「てか人が集まらないってどうなのよ。マグネシア領内は職人の仕事で手いっぱいなのはわかるけど。外から募集してないの?」


「しているんだけど、やっぱり辺境側な上僕らに仕えたくないって人がいてね」


 頭が痛い問題だ。クド族を移民だからと良く思わない人は少なくない。関係改善も大きな課題だ。


「どうにかして人を集めて、可能ならマムートに教育を担当してほしい。彼女はオリーの専属だったんだし、ゆくゆくはマグネシアでメイド長になるんだろ?」


「あー。それなんだけど、マムートは向こうでも私の専属になる予定なのよ」


 ポカンと呆けたように言葉を詰まらせる。ドルドンだけでなく、オルカも驚いていた。

 それもそうだろう。なんせマムートは十年以上もオリクトの専属として働いており、専属侍女のリーダー的存在だ。それだけ経験や知識が豊富なのだ。ドルドンはオルカが彼女の下に付くと思っていた。


「マムートには魔法具開発の手伝いをしてもらいたいのよ。主に家事用の監督ね。それにやっぱり身の周りは彼女に任せたいし」


「……やっぱり羨ましいな」


 ドルドンの目が細くなる。

 ああ、まただ。オリクトに重宝されているマムートへの嫉妬。彼はそれを隠そうとしない。


「ドルドン。貴方は私の婚約者なのよ。マムートだっていずれは貴方にも仕えるんだから、そんな顔しないの」


「頭では解ってるさ。けど、二人の信頼関係を見ているとどうもね」


 使用人に妬くなんて、と言っているのだが性分なのだろう。マムートに強い対抗心を抱いている。

 先日も諌めたのにとため息が出る。


「ねえオルカ。オルカってドルドンに仕えて何年?」


「今年で十二年になります」


 いつもの淡々とした言い方だったが、言葉の奥から懐かしむような色が見える。彼もドルドンに想う所があるのだろう。


「それなら私の知らないドルドンを知っているでしょう?」


「はい」


「それはとっても興味深いわ。けど」


 ニヤリと口角を上げて笑った。この笑みは何か企んでいる時の顔だ。


「私はオルカから聞かないわ。私が自分で見つけるもの」


「オリー……」


「これからの人生、今までの倍以上の時間をこれから一緒に過ごすの。夫婦としてね」


 身を乗り出し指先でドルドンの鼻を撫でた。


「それこそ主従では知れない事を共有できる。貴方だけしか知れない私を見れるのよ? マムートが嫉妬しちゃうんじゃない?」


「勝てないなぁ、オリーには」


 反論しようにも潰される。それも論破しねじ伏せるのではない。別の道、それも飴でコーティングされた道だ。

 彼女には逆らえない。まるでオリクト自身が甘美な蜜のようだった。

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