第32話 すべてわたしのもの
一瞬言葉を失う。あり得ない話しではない。この世界の医療を含めた文明レベルは低い。子供が無事に産まれる可能性もその分下がるだろう。そしてそういった事を理由に離婚をする事もだ。
勿論女性側だけに責任を押し付けるなんて愚かだ。しかし男尊女卑の色が濃い上に、知識の乏しい世界ではこうなってしまうのも無理はない。
頭では理解してるが納得はしていない。
「実家に戻る訳にもいかずブラーク公爵様にご相談したところ、王宮の侍女を紹介していただき今に至る。そんなところです」
「そう…………ごめんなさい、辛い事を思い出させてしまって」
罪悪感に胸が痛い。いくら自分の使用人とはいえ、辛い過去を聞き出すのは褒められた行為ではない。
ずっと傍にいてくれたマムートになんて事をと後悔するも、彼女は違った。
「いいえオリクト様。こんな図体だけで可愛げのない私でも花嫁衣装を着れたのです。それに……」
しゃがみオリクトと視線を合わせる。まるで子供と話すようだ。
マムートは笑っている。彼女の瞳に苦は無かった。寧ろ嬉しそうに見える。
「オリクト様にお仕えできたのですから。王女の侍女なんて、働く女として最高位ですよ」
「そうね。そう言ってくれるとありがたいわ」
傍にいてくれる。それだけで良い。彼女も今を望み喜んでいる。オリクトにできることは彼女の居場所を維持する事だ。
彼女だけではない。城で働く者みんなの居場所でもあるのだ。ある意味王城が一つの家族と言っても良い。
日本人の感性がそう思わせるのだろうか。貴族社会としては少々歪な思考だと自覚している。
この世界の異物。異世界転生した自分は完全に異質な存在だ。
だが、それがどうした。自分の人生だ。新しい命をどう使おうがこっちの自由に決まっている。
「マグネシアに行った後も、頼りにしてるからね」
「はい。誠心誠意お仕えいたします」
微笑み合う二人。主人と従者の関係だが、確かなしんらい関係がある。
そんな二人の間に割り込むように扉がノックされた。
「入りなさい」
「失礼します」
入ってきたのは先程マムートにドルドンを呼ぶよう指示された次女だ。
早い、いくらなんでも戻るのが早すぎる。そうおもっていたが、彼女の背後に続く人影を見て納得した。
「あらオルカじゃない」
長い髪を三つ編みにまとめたマムートと同年代の男。ドルドンの従者であるオルカだった。
「城内で彼に会いまして。ドルドン様の所在を伺ったところ、本日こちらにいらっしゃるようでして」
「そうなの? オルカ、ドルドンは何処にいるのかしら」
オルカが一礼する。クド族で爵位を持つのは族長であるマグネシアのみ。彼は実質平民だ。オリクトの前では発言するにも彼女の許可が必要なのだ。
「はっ。本日若様は陛下との会談があり登城されております」
「お父様と?」
「はい」
珍しい事もあったものだ。しかし理解できなくもない。
ドルドンは第二王女の婚約者。しかも先日あんなトラブルがあったのだ。話し合いの一つでもあって当然だろう。未来の親子の会話に水を差すのも無粋だ。
「わかったわ。ならお父様との会談が終わったら呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
優雅にお辞儀をする姿は様になっている。これで平民なのだから驚きだ。
それになかなかの男前。肩幅も広く引き締まった体つきに褐色肌が合わさりスポーツ選手のような健康的な魅力がある。侍女の中には見惚れている者もいた。
だが彼をここに置いておく訳にはいかない。登城した貴族の従者は専用の待機場がある。本来ならそこでドルドンを待っていなければならないのだ。
「呼び止めてごめんなさいね。下がっていいわ」
「…………」
しかしオルカは動かなかった。マムートのような仏頂面で表情を見せない。しかしマムートを見慣れているからこそ、彼が何か思い詰めているのが察せた。
「何か言いたい事があるみたいね。聞かせてちょうだい」
「はっ」
頭を下げ深呼吸。そしてオリクトと視線を交わす。
「先日のオーラムからの求婚の件です。私は……殿下がオーラムに嫁ぐと思い、若様に別の縁談を薦めておりました。しかし」
実態は違った。カルノタスの求婚を跳ね除け、彼を言い負かしたのだ。
「殿下は若様を選んでくださいました。私は殿下の御心を疑っていたのです」
「それは違うわ」
驚いたように目を見開く。
「オルカ。貴方は客観的に判断し進言しただけ。貴方でなくとも、普通は私がオーラムに嫁ぐと思うはず」
「ですが……」
「謝罪は不要よ。寧ろ評価に値するわ」
「……ありがたき御言葉です」
深く頭を下げる姿が少しかわいそうだ。
彼は間違っていない。オリクトがオーラムに嫁ぐと誰だって考える。だからこそオルカを責めるのはお門違いだ。
「いい? ドルドンは私のもの。彼を手放す気は無いわ。そしてドルドンの従者である貴方も私のものになる。覚えておきなさい」
「承知いたしました」
オルカの面に笑みが浮かぶ。ああ、この人に付いていこう。そう思わせる豪快さがオリクトにはあった。
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