第31話 やっと落ち着いたぁ でも暇じゃないのよねぇ

 カルノタスの襲来、その翌日。オリクトは自室にて机に突っ伏していた。机の上には山積みになった本がある。

 疲れ果て呪詛を呟きながらペンを投げ捨てる。そして恨めしそうに本を手に取った。


「疲れた。マムート、そろそろお茶にしない?」


「承知いたしました。しかし……オリクト様は数学には強いのに、歴史関連は本当に苦手ですね」


「ある程度は丸暗記でどうにかなるけどさぁ。ちょっとキツいよぉ」


 オリクトが勉強していたのはコーレンシュトッフを含めた近隣諸国の歴史だ。王女として勉強する事は山盛りにある。常に毎日魔法具の開発をやれる訳ではない。

 特にこの時間は憂鬱だ。彼女は元々理系の人間。こういったジャンルの勉強はとことん苦手だった。


「あー。今後は経済とかも勉強しないと。マグネシアに行ったら魔法具の販売とかやらないといけないし。…………意外とやる事が多いんだけど」


 前世とは違う。会社なんて大層なものは存在しない。いや、むしろオリクトが経営者にならなければならないのだろう。


「商会とか商売に詳しい人脈コネがいるなぁ」


「そういった人脈造りも学園での仕事です。折角ですから、商業に敏い家を探しておくのも良いでしょう」


「そうねぇ。優秀な部下探しもやっとくべきだし、顧客開拓も頭に入れとかないと。あー、これ私一人でやる量じゃないなぁ」


 ドルドンにも協力を、と思ったところで思考を止める。マグネシアを心良く思っていない貴族は多い。金だけ上手く吸い出そう、魔法具の利益を横取りしてやろう。そんな考えを持っている連中だっている。

 ああ、面倒だ。元々日本人だったオリクトからすればとてつもなく馬鹿らしい。

 もしクド族が野盗民族だったり、悪さをしているのなら嫌われて当然だろう。しかし彼らは良くも悪くも堅気な職人。友好的に接するのは理解が必要だ。

 幸いな事にウルペスの待遇改善により王家は好印象。更にオリクトも家電製品の再現、その設計図やらで職人達のハートを上手く掴めた。はっきり言って歓迎されている。


「マムート。近い内にマグネシアに行けないかしら」


「お気持ちは解りますが、マグネシアは馬車で十日はかかります。入学間近の今は控えるべきかと」


 淡々とした冷たい言い方だが、マムートが全面的に正しい。何せドルドンも入学の準備の為に王都に滞在している。

 それを思い出しオリクトは立ち上がる。


「そうだ、せっかくドルドンが王都にいるんだし一緒に勉強すればいいのよ」


 我ながら名案と鼻息を荒くする。


(家で勉強デートとか、めっちゃリア充っぽい。あー前世だと一人淋しく机に座ってたからなぁ)


 隣同士で座り、肩を寄せながらと妄想し頬が緩む。ああ憧れる。これぞ青春だ。

 日本と違い十代で結婚も当たり前。だからこそ短い恋人期間を堪能したかった。


「善は急げ、思い立ったら吉日。マムート、すぐに使いを出して。あ、でも無理強いはしないでね。彼にも用事があるだろうし」


「承知いたしました」


 やれやれといった様子で侍女に指示を飛ばす。少々強引、職権乱用、そう言われても仕方ない。が、この王女の地位はフル活用しなければ勿体ない。ワガママなんて子供の頃からしなかったのだ。このくらいは許されるだろう。

 そんな時ふとマムートの背が目に入る。

 そういえば彼女は独身だ。もちろん王宮勤めのマムートに結婚をする余裕はないのは解る。しかし少しだけ気になった。


「ねえマムート。貴女は結婚したいって思った事ないの? 私に仕えてそろそろ十年でしょ。今まで縁談の話しとかなかったの?」


 マムートが少しだけ目を細める。

 彼女は元々子爵家の令嬢だ。下位の貴族が上位の家に奉公に出るのは珍しい事ではない。


「そういえばオリクト様にはお話しした事がなかったですね。実は私は十六の時に一度結婚しているのです」


「ふぇ?」


 驚いた。普通結婚すれば家に入るもの。家が貧しく仕事を続ける者もいるが、そちらは珍しい。

 マムートに結婚歴があるとは思っていなかった。こう言ってはなんだが、オリクトには彼女がバリバリのキャリアウーマンに見えていたのだ。


「私の実家、カルコゲン子爵家は貧しく十二の頃からブラーク公爵家でお仕えしておりました」


「あら。じゃあフリーシアやノルマン様とも知り合い?」


「短い間でしたが」


 ふと小さく微笑む。どこか懐かしそうに、そして楽しそうに見えた。

 こうして微笑む姿は珍しい。なんせマムートはいつも仏頂面だ。仕事は真面目だが愛嬌に欠ける。


「十六になった時に母の友人であるインジャーム子爵家に嫁いだんです。まあ、一年で離縁しましたが」


「そんなにすぐに? まさか契約結婚とか……」


 首を横に振る姿が少しだけ悲しそうだ。何か嫌な予感がし胸が痛くなる。

 聞いて良かったのか。そう頭の片隅に浮かんだ。


「子が……流れてしまいまして。それを理由に離婚する事になりました」

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