第30話 愛してるなんて言わないで
「カルノタス殿下。貴方は私を愛してなどいません」
「これが愛ではなかったら何だと言うんだ!」
オリクトの瞳が細くなる。心が冷めていき頭の中で言葉が歯車のように噛み合っていく。
これが愛でないのなら何なのか。簡単な事だがこの男は気付いていない。
「そもそも殿下は私のどこに愛しさを感じるのでしょうか?」
「それは君が竜の花嫁だか……」
「それが愛していないのです」
言葉を遮り睨みつける。
「竜の花嫁だから愛してる。殿下は花嫁であれば誰でも良かった。例え孫に囲まれた平民の老婆であろうと、客の子を産み捨てた娼婦の赤子だろうと。
沸々と怒りと哀れみが湧き上がる。
いざ自分が物語のヒロインのように一方的な、それも本能的な一目惚れの対象になって気付いた。こんなにも残酷で人間を馬鹿にした存在なのかを。
「ですので……もし私が花嫁でなければ、殿下は私に求婚しましたか?」
「それは……」
言い淀んだ時点で自白したようなものだ。彼はオリクトに興味すら抱かなかった、視界にいれようとすらしなかっただろう。
「いいですか? 殿下に流れる竜の血が、新たに竜を産む胎を求めている。貴方はその虫のような本能に恋愛感情だと騙されているのです」
「!」
カルノタスは言葉を失い、ドロマエオは視線を逸らす。きっと心の何処かで気付いていたのかもしれない。
「もう一度言います。カルノタス殿下は私を愛していません。私の胎を、竜を産む道具を求める己の血に惑わされているのです。これなら子を産む道具と求められた方がマシですね」
そうだ。こんなものが愛な訳がない。
不憫なヒロインに救いの手を差し伸べる理由。確かに合理的だが、いざ自分がそう見られると不愉快極まりない。そんな嘘に塗れた愛の囁きなど耳に入れたくなかった。
「オリクト、俺は……」
カルノタスは必死に認めまいと頭をフル回転させる。だが彼は馬鹿ではない。思考を動かす程己に貼られた恋心のメッキが剥がれていき、中にある獣のような本能が顔を出す。
「自分自身に恋だの愛だの騙され、忠臣を殴り瞳を曇らせる。カルノタス殿下、貴方は本当に」
言葉の剣が抜かれ、とどめを刺そうとカルノタスに投げられる。
「憐れな人」
これがオリクトから見たカルノタスだった。
こんな男に振り回されてたまるか。子を産む道具であるのに愛していると嘘をつかれ、ペットのように飼われる人生なんてまっぴらだ。確かに彼のような圧倒的な男に寵愛されるのを好む者もいるし、オリクトもそれを否定しない。ただ彼女には不必要だった。
もし両親や兄、姉に愛されていなかったら。ドルドンと出会っていなかったら。そんな状況だったら違っていたかもしれない。しかし今は、現実はそんな悲劇のヒロインじゃない。
「以上です。反論はありますか?」
膝から崩れ落ちるカルノタス。それを冷ややかに見下ろすウルペス。コーレンシュトッフ家の面々も彼がどう出るか警戒していた。
(さてと。言いたい事は言ったし、論破できたとは思うけど。これで諦めてくれると助かるんだけどなぁ)
怒り狂うか受け入れるか、それとも理解してなおオリクトを求めるか。若き皇太子の言葉を待った。
「ふ……フフフ」
応えは自嘲するような笑い声だった。
「フハハハハハハ! ああ、そうだな。愚かな男だ俺は。
立ち上がり顔を上げる。その面は清々しいくらいに笑っていた。
「竜の力を我が物としてる気になって、実際は踊らされていたとは。俺はとんだ道化師だな」
「カルノタス……」
ドロマエオも唖然としていた。こんな顔を見るのは初めてだ。
年相応の無邪気な笑みに全員が呆気に取られる。
「ウルペス陛下。此度の縁談、こちらの不手際により白紙にさせていただきたい」
「承知した」
ついさっきまであんなに狼狽していたのが嘘のようだ。呪縛から解き放たれスッキリした様子にオリクトも微笑む。
安堵だ。今の彼ならとドルドンと顔を見合わせ頷く。
「オリクト殿下、偽りの愛を語った事を謝罪したい。そして俺の目を覚まさせてくださり感謝する」
「いえ。こちらも殿下に対し無礼な物言いでした。申し訳ございません。それに殿下も被害者です」
オリクトから見れば彼も竜の花嫁なんて設定に振り回されていただけ。優れた子を産む道具を求める血に騙されていた被害者なのだ。
「いや。俺の弱さが全ての原因だ」
そう言いながらエオシノの方に振り向き手を差し伸べる。
「すまないエオシノ。俺は王として最低な事をした。許してくれとは言わない」
「殿下が目を覚ましてくださったのなら……」
手を取り立ち上がる二人を横目にドロマエオは大きくため息をつく。面倒事が終わった。そう言いたいように見える。
それはオリクト達もだ。力が抜けたように玉座にもたれ掛かるルプス。疲れ果てたように肩を落とすラゴスとシルビラ。このコーレンシュトッフの行く末を左右する大事件は、こうして幕を降ろした。
「では失礼する」
立ち去る背を見送り扉が閉まる。めでたしめでたしといった空気が流れる中、オリクトはある事に気付いた。
「……そういえばあいつ、ドルドンには一言も謝ってなくない?」
「別に僕は気にしてないよ」
「私が気にするのよ」
そして大きくため息をつき……
「やっぱりあいつ嫌いだわ」
そう呟くのだった。
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