第29話 溺愛男の行動なんて見え見え
一瞬の静寂。一歩遅れるようにカルノタスが喉を鳴らして笑い出す。
「まいったな。俺をここまで否定するとは。何故俺を拒む? 俺は帝国の全てを使い君を幸せにする。そこのちっぽけな男に何ができる。ああ、そうだ……」
次は怒りだ。憎悪とも言える怒りがドルドンを射抜く。
「貴様のようなゴミが竜の花嫁を手に入れるなど、許されるはずがない」
周囲の空気が冷え込む。怒りを見せているのはオリクト達もだった。婚約し確かな絆を築いてきたのだ。最早身内、彼を侮辱され良い気分ではない。
「カルノタス・オーラム。私は彼のものになるつもりはありません」
「ほう?」
「彼が私のものになる。私の人生に彼が必要なのです」
オリクトが一回り大きく見える。決して逃げないと、ドルドンも守ると意気込んでいるのが解る。
「そもそも私は幸せにして欲しいなんて一度も思った事がありません。私の幸福は己の手で掴み取る。そしてオーラムでは手に入らない」
恐れない敵ではない。こんな細腕では男に太刀打ちできないが、言葉でならぶん殴れる。
「私の人生に、貴方は不要です」
はっきりと言ってやった。少しばかり不安そうなコーレンシュトッフ家の面々。正面から立ち向かう姿に感動するドルドン。
逆に信じられないと唖然となるカルノタスとドロマエオ。そして静かに怒りを募らせるエオシノを見逃さなかった。
オリクトの頬が悪辣に歪む。
「ああ、でもこちらの条件を飲めば前向きに考えても良いのですが」
「っ! ぜひ聞かせてほしい」
何とも分かり易い。こうも簡単に食いつくとはと少し不安になる。
いや。その不安は当たってもらわなければならない。そう願い息を調えウルペスに視線を送る。予め父には断り方を幾つかパターン化させ伝えてある。やれと小さく頷くと、悪どい笑みに顔を切り替えた。
「オーラム帝国の解体、領土の譲渡。それが私の
「!!!」
「なっ!?」
「マジかよ……」
三人が目を丸くし驚く。当然だ。国を売れ、コーレンシュトッフに下れと言ったのだ。はっきり言って戦争の火種に……いや、宣戦布告に近い。
常識的に考えてあり得ない要求だ。しかしこれが必要なのだ。
「おいカルノタス、まさか飲むとか……」
「解っている」
ドロマエオが警告するもカルノタスは爪が食込むほど強く拳を握る。オリクトを欲する欲求、今すぐにでも国を売りたい気持ちを皇太子の責任感が引き止める。
ふざけ要求だと僅かな理性がギリギリのところで踏みとどまった。だがそれを瓦解させる手筈は整っている。
「何を馬鹿な事を! 殿下、このようなふざけた要求をする者が皇妃などありえません」
エオシノが吠えた。怒るのも無理は無い。彼から見れば、王女とはいえ格下が国を寄越せと言っているのだ。こんな暴虐が許されるはずがない。
「ええ、ええ。そのくらい嫁ぎたくないと言っているのです。ご理解いただき感謝しますわ」
「……女狐め。こんないかれた女を皇妃にしてなるものか」
小さな囁き声。しかしオリクトの耳にも届き微笑む。
次の瞬間、轟音と共にエオシノが吹き飛ぶ。
「なっ!」
「待て」
ざわめきの中、飛び出そうとしたラゴスをウルペスが制止する。
床に倒れ潰れた鼻から血を流すエオシノ。その前のは拳を握り怒りに震えるカルノタスがいた。
「貴様、今オリクトを何と呼んだ? いかれた女だと? 彼女を侮辱するとは……死にたいようだな」
「で、でぇんか。私は……」
「黙れ。一族諸共潰されたいのか」
恐ろしく冷たい声だ。一切の言い訳も聞かない、許さないと威嚇している。
これが竜。人間とは思えない威圧感に皆が息を飲む。
「すまないオリクト。この男は俺が責任を持って処分しよう」
そう微笑む姿にオリクトはほくそ笑む。かかったと。
「あー怖いわぁ。こーんな男のいる国なんて怖くて嫁げませんわ」
あからさまに、棒読みでわざとらしい言い草だ。それを気にせずカルノタスはエオシノを一睨みする。
「安心しろ。君の安全は俺が保証す……」
「どう考えても私に非があるのに。国を想う忠義の厚い方を私情で殴るなんて。こんな暴君の妻なんて絶対に嫌ですわねぇ」
何故とカルノタスは思考が停止する。しかし。
(オリー、まさか)
(おいおいあの女っ)
ラゴスとドロマエオは違った。オリクトの狙いに気付いたのだ。
(こうなるのを狙っていたのか!)
やられた。そうカルノタスも気付いた時には遅かった。
「もしかして私を奪う為に戦争とか……ああ、でも妃を取る為の戦争と聞いて貴族の方々から反感を買うのではありませんか? 例えばウォルフラム伯爵、タングス侯爵、チナプラ公爵とか」
「なぜ反皇帝派の名前を……」
「まあそうなったら、戦争の原因として責任を取って毒でも飲みましょうかねぇ。私に死んでほしくなかったら、馬鹿な事は考えないように」
「待て、やめろ。それだけは……」
驚き思考が鈍るカルノタスと違い、危機感からドロマエオの頭は冴えていく。
(このお姫様何者だ? もしかして反皇帝派と繋がってんのか? とにかくまずい。姫さん目当てに戦争を起こしたなんて知られたら、王家を責める理由になる)
焦るオーラムの面々。そんな彼らに劣らずオリクトも内心焦っていた。
(お父様から反皇帝派の事聞いといて良かった。それに予想通りの反応で助かったわ。これで、あいつの心をへし折るにはあと一歩ってとこかな)
精神的なダメージは目に見えている。【簡単に手に入らないから面白い】だったのが【どうして】に変わっていっている。
どれだけ誘っても空振り。想い人の為に奮った拳も逆効果。力尽くで挑めば最悪の結末。
何もかも全て裏目に出ている。カルノタスが感じる初めての無力感だった。
その状況で唯一冷静でいられたのがドロマエオだけだった。
「カルノタス、もういいだろ。他の……」
彼の手を振り払う。カルノタス今にも泣きそうな、まるで子供のように悔しさに打ちひしがれていた。
「どうしてだ、どうしてその男なんだ」
ドルドンには呪詛を、オリクトには懇願を。皇太子の威厳は失せ、失恋したただの男だ。
「俺は君の為なら何でもする。自分の手で幸福を掴みたいなら俺が君を支える。俺の力なら何だって与えられる」
声に涙が混ざり震えていた。ドロマエオも見た事がない悲痛な姿に声を失う。
「オリクト。俺は君を愛してるんだ」
オリクトは一瞬目を閉じる。終わらせよう。そう自身に言い聞かせる。
「愛してる? それ、嘘ですよね?」
最後の一太刀。とどめを刺す言葉の刃が鞘から抜かれた。
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