第28話 花嫁設定なんてくそくらえですわ

「嘘でしょ……」


 待合室にて頭を抱えるドルドン。苦虫を噛み潰したような面のオリクト。控えているマムートとオルカも顔が引き攣っていた。


「残念だけど本当よ。あのカルノタスクソトカゲ、今王城前にいるのよ」


「オリーへ求婚するためだよね」


「それと披露宴を壊した賠償。その支払もあるんだけど、どう考えても私が一番の目的でしょ」


 ため息が止まらない。あの場でどうどうと断ったのに、どんなメンタルなのだろうかと不思議に感じる。

 いや。それだけではない。それほど必死なのだ。


「ドルドン。お父様に頼んで今回の件は私に一任されてるの。一緒に戦ってくれる?」


 戦う。その意味は決して軽いものではない。

 大国の皇太子の求婚。それを断るのだ。生半可なものではない。


「勿論さ」


 そう言ってくれるのが嬉しい。彼の心に恐れはある。しかしそれ以上にオリクトから離れたくない。その一心が心地よかった。

 一人じゃない。想い人もいる。家族も味方。相手の思考も読めている。

 勝てる。負けはしないと気合いが入る。


「さーてと。こっから先はお姫様のドラゴン退治。いつまでも騎士や王子様を待っていられるもんですか」


「じゃあ僕は馬かな」


「いいわね。じゃあ謁見の間に行くわよ!」


 気合い充分。こうなれば怖いもの無しだ。

 意気揚々と部屋を出、彼女の後をドルドンが続く。まるで従者のようだが少しだけ空気が違った。




 コーレンシュトッフ王国、その王城にある謁見の間。いつもは貴族や近隣国の人々を招き公務をする場だ。しかし今日は違う。

 空気が重い。ドロッドロの粘液の中に沈んでいるかのような気分だ。それもそのはず。戦争になれば勝ち目の薄い大国を押し退けなければならないのだ。オリクトも正直胃が痛い。


(頑張れ私。少なくともあいつは私を攻撃できない。私を盾にすれば国も守れる)


 思い出せと言い聞かせながら深呼吸。周囲を見れば、流石王家と言ったとこだろう。余裕の表情を見せていた。

 しかめっ面ながらも臆する事のない父。冷たい視線で口元を扇子で隠す母。姉に関しては披露宴を台無しにされた事を思い出しているのだろう、般若の形相で待ち構えていた。

 そんな中、ラゴスは不安そうにオリクトに振り向く。


「さて、オリー。本当にお前一人でカルノタスを説得するのか?」


「はい。おそらくですが、彼は私以外の者とまともに会話しないでしょう。そして私に敵意を抱けないはずです。ねえお父様」


 同意を求めるような目線を送る。ウルペスにオリクトの知識はないだろう。しかし竜の花嫁については知っている。ならばある程度は察してくれるはずだ。


「…………確かに、その可能性は高い。我々が口を出すより効果的だろう。任せる」


 その言葉を待っていたかのように扉が叩かれる。来たと胸が大きく跳ねる。

 ゆっくりと扉が開く。外から堂々と入り先頭を歩くのは当然カルノタスだ。その後ろには披露宴にもいたドロマエオと、彼らより少し歳上の男が続く。

 ドロマエオ達は跪くもカルノタスは直立不動。この時点でオリクトの印象は最悪だ。こちらをナメているのが一目瞭然である。


「本日はご謁見いただき感謝します陛下。どうしても私自らの口でお話ししたかったものでして」


「構わぬ。要件を聞こう」


「早速。エオシノ」


 もう一人の男が書状を取り出しカルノタスに渡した。


「まず先日披露宴に混乱を招いた件についてだ。賠償として国内で産出した銀を賠償金として支払う」


 国内。この一言が少しばかり強調されている。自国の経済力を見せつけているのだろう。なんともいやらしい。

 だがそんなものはどうでもよかった。オリクトにとっても、カルノタスにとっても。こんなもの前座にすぎない。

 本番はここからだ。


「そして……これが本来の目的だが。オリクト第二王女をオーラム帝国皇妃として迎え入れたい。これは双国に多大な利益をもたらす事になる。そして何よりも」


 彼の目がオリクトを捉える。慈愛、欲求、恋、色欲。ドルドンがオリクトを見る目に似ていては異なる瞳。


「君は竜の花嫁だ。こんなにも愛しい者に出会える日が来るとはな。運命に感謝しなければ」


(気持ち悪い)


 世の女を虜にする絶世の美男子からの求婚。魔法のような魅力の笑み。それなのにこんなにも嫌悪感を掻き立てるのか。

 愛する者を侮辱された怒り。個人的な苦手意識。それらがオリクトに理性を保たてていた。


「さて陛下。返答を聞かせていただきたい」


 そんなオリクトの気持ちを知らずにウルペスを脅すように睨む。だが彼も一国の王だこんな若僧に気圧されはしない。


「この件はオリクトからの希望で一任している。どうするかは彼女次第だ」


「ほう? ならば」


 心底嬉しそうにオリクトの前へ。他の者には目もくれず完全に無視している。いや。ただ一人、ドルドンにだけは一瞬殺意の塊を向け怯ませた。

 その様を鼻で笑い、オリクトに跪くと優しく彼女の手を取った。


「オリクト。俺は君を愛している。帝国の全てを使って、君を必ず幸せにすると誓おう」


 甘くとろけるような声色。彼の人柄を知るドロマエオからすれば信じられない様だ。


「愛しの君。俺と結婚して欲しい」


 渾身のプロポーズ。これに堕ちない女はいるのか。いや、いた。


『環境が変わると本当にキモいわね』


 カルノタスだけがこの声を聞いた。しかし彼にはオリクトの言葉の意味が理解できない。彼の知らないだからだ。


(全く。私みたいに家族仲良好、婚約者とも順調。そんな幸せいっぱいな私にはね……あんたは不要なのよ。だから徹底的に潰す)


 今にも手の甲のキスしそうなところを振り払う。

 冷たい瞳で見下ろしながら仕返しとばかりに鼻で笑う。


「死んでも嫌です」


 これがオリクトの宣戦布告だった。

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