第25話 彼は私のものですわ

 この状況にオリクトも僅かに困惑する。今まで彼の方から積極的に触れてこなかった。勿論身分差もあり、軽々しく触れられないのは解っていた。

 だがこれは何だ。脳が沸騰したように熱くなる。


(ふ、不意打ちとかずるい)


 いつもはオリクトの方からガツガツと攻めていた。しかし受けに回ると上手くいかない。どうもあたふたしてしまう。攻撃力はたかくとも防御力は低かった。

 ただそうほうけている場合ではない。ドルドンは震えていた。


「ドルドン?」


「…………怖かった」


 ボソリと呟く。


「彼は僕が持ってないものばかりもっていた。地位も容貌も、何一つ僕が勝てるものが無い。男として劣っているって一目で解ったんだ」


 劣等感に包まれ心が痛い。ちっぽけなプライドを一息で吹っ飛ばす圧倒的な存在に捻り潰されそうになる。

 痛みがオリクトにも伝わってくる。その気持ち、よく理解できる。持っていないものを有している。自分よりも優れたものに嫉妬し羨む。

 そしてそれが自分が欲しているのを求めた。奪われる。一切の抵抗無く掻っ攫われてしまうと絶望して当たり前だ。


「君を失うのが怖い。だけど君を簡単に手に入れられる男が現れて、絶対に盗られると……っ」


 ドルドンの頬をつねる。オリクトの笑顔が怖い。怒っているのだ。


「いろいろと勘違いしているようね。ねぇ、いつ私が貴方のになったのかしら?」


 妖艶な笑みを浮かべながら顎を撫で唇へと移る。


「ドルドンが私のもの、なんでしょ? 私に全てを捧げると言ったのは嘘だったのかしら?」


 目が離せない。交わした視線に縛られる。

 ああ、そうだ。最初から思い違いをしていた。奪われるなんて事があり得ない。


「いいえ。僕の血の一滴まで、全てオリクト様のものです」


「よろしい」


 手をドルドンの背に回しそっと抱きしめる。一瞬驚くも、応えるように抱き返した。


「ねえ、私ってとても強欲な女なの。魔法具を使って便利な生活をしたい、みんなに普及して称賛を浴びてチヤホヤされたい。そして」


 背伸びをし顔を近づける。あと数ミリで鼻が触れ合うような距離だ。


「貴方の事も欲しい。そんな欲深い女の傍にいてくれる?」


 魔法の囁き。魅惑の言葉。この声を聞きたかった。


「はい。オリクト様……」


「じゃなくて、なんて言えば良いのかしら?」


 オリクトはだ。地位に胡座をかかず学び研鑽する。それでいて身分を考えていないように感情的にもなる。彼女の記憶を知らないドルドンからすれば彼女の立ち振舞は異質に見えるだろう。

 今やそんな彼女の腹の中だ。初めて会った日に魅入られ、手に触れられ気づけば喰われていた。


「オリー。僕は君のものだ。何もかも全て、最愛の貴女に捧げます」


 恍惚とした瞳で頷く。魔法に操られ妖に魅入られたようだ。もう不安な気持ちはない。


「ありがとう。愛しいてるわドルドン」


「僕も愛していますオリー」


 安心したせいか落ち着きを取り戻す。確かにオリクトはドルドンを選んだ。しかしオーラムへ嫁ぐ可能性も大いにあったはず。国王であるウルペスが断るのを支持したのが大きい。


「ねえオリー。もし陛下が僕との婚約を破棄するって判断したらどうするつもりだったんだい? いくらなんでも、陛下の命だったらどうにもならなかったでしょ」


「ふふふ。その時は……」


 オリクトはちらりと部屋の片隅に視線を移す。ここは来客用の部屋、中には数日滞在する事も想定した作りになっている。彼女の視線の先にあるのは寝室だ。


「あっちの部屋にドルドンを連れ込む予定だったのよ」


「!?!?!?」


 顔が一気に沸騰する。寝室で男女が二人きり、その意味を知らぬ歳ではない。恥ずかしさの中に灯る嬉しさ。思わず言葉を失い困惑する。


「そのくらい本気だって事。はしたなくて頭おかしいでしょ?」


「そんなオリーが好きなんだ」


 そう耳元で囁くと身体を預ける。もっと、そうねだるように。


(ふふふ。あの男、絶対に叩きのめしてやるんだから。ああいうのは家族からいじめられてる娘を拾ってればいいの。私達を引き裂こうとして、ただですむと思わない事ね)

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