第13話 婚約者の声がいい、耳が幸せですわ

 扉をノックする音が響く。誰だろうか。部屋にいた青年が振り向く。

 いや、誰が来るか彼は知っている。だからこそ席を立ち即座に身だしなみをチェック。


「どうぞ」


 部屋に入るように促すと、乱暴に扉がこじ開けられる。


「ドルドン!」


 勢いよく、淑女の欠片もなくオリクトが部屋に飛び込んできた。

 部屋にいた青年、ドルドンは笑顔で一礼する。


「お久しぶりですオリクト様」


 オリクトが見上げる一人の青年。褐色の肌に雪のような髪。数年前まではそんなに差が無かったのに、ここ最近は身長差が大きくなってしまった。

 久しぶりに会う婚約者に小躍りしながら飛び付く。最早ただの小娘だ。


「また背が伸びたんじゃない? 私なんか去年からぜんっぜん伸びないのに」


「私の場合、父も母も大柄ですからね。それに、オリクト様は変わらずお美しいですよ」


「ドルドン?」


 何かを要求するような上目遣い。彼女のは知っている。

 恥ずかしそうに周りを見回す。数人の侍女と専属侍女

 マムート、そして自分の執事であるオルカ。彼女達の視線が恥ずかしいが、オリクトの頼みを断れるはずがない。

 ドルドンは困ったようにため息をつくと、オリクトを抱き寄せ耳元で囁く。


「僕も会いたかったよ、愛しいオリー」


「!!!」


 オリクトの顔が一瞬で崩れる。母がいれば即座に摂関されるレベルのにやけ顔だ。

 良い。良い。心がほどけるようだ。


(相変わらず良い声……! ああ、最高)


 この声に聞き覚えがある。姉や兄、両親のように前世で聞いた事のある声だ。

 恍然とした顔でドルドンの囁きに聞き入る。


「相変わらず、こうやって耳元で囁かれるのが好きだね。僕はものすごく恥ずかしいけど」


「私にとっては最高の一時よ。ドルドンって素敵な声をしているもの」


「……僕の声が好きなんだね」


「ええ」


 ふとドルドンが意地悪な笑みを浮かべる。そして再びオリクトと頬重ねる。


「僕は貴女の全てを愛おしく思ってますよ」


 脳を直接殴られたような衝撃が走る。とろけるような甘い声色で褒められ羞恥心が湧き上がってくる。


「ず、ずるい……」


 沸騰するように顔が熱い。それはドルドンも同じだ。お互い真っ赤になりながら停止。言葉を詰まらせてしまった。

 そんな二人の様子にやれやれと内心ため息をつく従者の男女。マムートとオルカはお互い視線を交わすだけ。それだけで充分だ。二人は似た者同士、お互いの考えは手に取るように理解している。


「オリクト様、そろそろ披露宴の打合せを」


「若様もです。時間はあまりありませんよ」


 二人の小言にハッとする。そうだ、今日は逢瀬に来たのではない。オリクトの姉にしてこの国の第一王女の結婚だ。遊んでいる場合じゃない。

 オリクトの目の色が変わりソファーに座る。転生を自覚してから六年、彼女に王族としての自覚を植え付けるには充分だ。仕事のオンオフの切り替えもお手の物だった。


「そうだったわ。マムート、招待客のリストを出して」


「こちらに」


 待ってましたと言わんばかりに書類を差し出しテーブルに並べた。ずらりと並んだ披露宴の招待客の名前。当然その全て、誰がどんな立場なのかも把握している。

 それはドルドンも同じだ。このリストは前もってオリクトから貰っている。あくまで今やるのは確認だ。


「さて、まずお姉様とアンガス様。次にブラーク公爵家の方々ね。一番最初に挨拶しなきゃ」


「なんせ新郎の家ですから。ああ、あと招待客にオキシェン王国の王子がいらっしゃいますね」


「そっちも早めに挨拶しないと。第一王女のドークス様はお兄様の婚約者よ。同盟国の方だから粗相の無いように」


「勿論です」


「それと」


 テーブルから身をのりだし鼻先が触れる距離まで顔を詰め寄らせる。一瞬ドルドンの心臓が高鳴るも、今のオリクトは仕事モードだと自分に言い聞かせた。上がる体温を落ち着かせ、彼も冷静さを取り戻す。


「披露宴は私の婚約者御披露目の場でもあるの。ほら、今まで社交場に一緒に行った事無いでしょ」


「……そう、ですね」


 申し訳なさそうに頬を掻く。

 マグネシア領が王都から遠いのもある。そもそも二人は年に数回しか会えず手紙のやり取りがメインになっている。そんな状況なせいか、周囲に知られてはいるが、二人揃った姿を見せた事はほとんど無い。貴族の中にはクド族を良く思っていない者も少なくない。たちの悪い噂と本気にせず、自分の息子をオリクトにと企む者もいる。


「幸いブラーク家はクド族に友好的……と言うか太客よね」


「ええ。魔法武具を大量に購入していただきました。予算の一部は王家からの支援とも聞いています」


「流石国防を担う武家ね。お父様がお姉様を嫁がせる訳だわ」


 清々しい程の政略結婚に苦笑いが溢れる。だがオリクトの笑みは皮肉ではない。祝福だ。


「まっ、お姉様は幸せそうだし。私達も……」


 横目で眺める婚約者の姿。例え打算と政略であろうと愛は育める。そのお手本となる姉が微笑ましかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る