第12話 ああ、素晴らしき結婚式 あ、ブーケはいりませんよ
開けられるカーテンの音。差し込む日の光。窓を開ければ小鳥の囀ずりが聞こえてくる。
「朝ですよ、オリクト様」
毎朝の日課、日常の風景。オリクトの朝はマムートに起こされる所から始まる。日の光が閉じた瞼を照らし脳が活性化し出した。
「ん……」
思考が動き出し、オリクトはベッドの横に設置された板に触れる。上下を表す半透明の石に触れるとベッドが動き出した。眠っているオリクトの上半身を起こし半ば無理矢理立たせた。
「おはようマムート」
「おはようございますオリクト様」
そこにはまだ少女の幼さを残す、成長したオリクトがいた。
歳は十六。もう立派な
少々劣等感を感じるも、オリクトにとっては大きな問題ではない。婚約者がいるのだから、余計な色香を振りまく必要は無い。そして何より、彼女にはもっと重要な事があった。
「うーん。このベッド、まだまだ改良の余地あるなぁ」
彼女の意識は自分が寝ていたベッドの方にあった。前世の知識を利用したリクライニングベッドの試作品に向いている。
あれから数年。単純な道具からスタートしたものの、文明の利器を再現するのは簡単な事ではなかった。
枕元に置いてあったメモに追記しようと手を伸ばすもマムートに止められる。
「オリクト様。仕事熱心なのは素晴らしいのですが、今日は手を休めてください。なんせ今日は……」
そう言われ思い出すと焦りに顔を青ざめる。
「そうだった! 今日はお姉様の結婚式だった!」
「はい。ですので本日はたっぷり時間をかけて準備させていただきます。お覚悟を」
マムートのメガネが妖しく光る。こうなっては彼女を止める術は無い。仕事の鬼となったマムートと、彼女に従う侍女軍団は無敵だ。
「はいはい解ってるって。私もお姉様の結婚式は楽しみにしてたし、妹として全力で祝福したいもの」
ベッドから出ると、待ってましたとばかりに侍女達が群がる。
「お姉様は赤のドレスの予定だから、絶対に被ってはだめよ」
「存じております」
髪を結い着替えさせられる。前世では自力でやっていたせいか不思議な感覚だ。しかしこれを断れば彼女達の仕事が無くなる。そう思えば多少は耐えられた。
「ところで……ドルドンは?」
ふと何気なく出した婚約者の名前。ただの雑談のように言ってるつもりだが、浮ついた声色をマムートは聞き逃さない。侍女達も若干冷やかすような視線を送っている。
「昨晩王都に到着されました。式の後、披露宴で合流予定です」
「そう。まあ、まだ結婚してないからなぁ。久しぶりに会えるのに」
「マグネシア領は王都から離れてますから。お手紙のやり取りは続いてるのでしょう? このベッドもオリクト様が設計されたとか」
「まあね」
鏡でチェックをしながらベッドを横目で見る。
あれからドルドンを通じマグネシア領に様々な設計図を送り試作品を作らせていた。結果は上々とは言えない。何せ記憶頼りの曖昧なもの。その上前世が専門家だった訳でもない。
それでも流石は職人民族だ。あんな稚拙な設計図からここまでの物が作れるとはと驚く。
(磁石の概念があるのは助かったなぁ。モーターは作れたけど、まだまだ貧弱で車とか作れないし個人の魔力で出力が変わるのも見過ごせないのよね)
こんな時でも魔法具の事ばかり。生きている間に少しでもと躍起になっているのは自覚している。それでも今の人生が楽しい。生きている実感が湧く。
オリクトは新しい生を喜んでいた。その幸せを噛みしめながら。
「つ、疲れた……」
時刻は午後を過ぎた頃。式を終え一息つく間もなく次の準備に取り掛かる。
すでに青いドレスに着替え直したオリクトは、鏡の前で化粧直し中だ。疲労感に表情が崩れるも、周りの侍女達は忙しそうに駆け回っている。
「式はいかがでしたか」
「最高よマムート。お姉様のドレス、素敵だったなぁ。やっぱり美人が着ると映えるのよね」
「流石はシルビラ様。ですが……」
髪を整える手が止まる。
「私はオリクト様の花嫁衣裳が楽しみです」
何か別のものを見ているかのような遠い視線だ。彼女はアラサー、この世界なら子供がいてもおかしくない年齢のはず。王宮の、それも王女の専属となれば仕事ばかりで出会いもない。
少しだけ申し訳なく思いつつも、マムートはオリクトになくてはならない存在になっている。
その時、一人の侍女が部屋に入る。
「失礼します。ドルドン・マグネシア様がお見えになりました。いかがなさいますか?」
「嘘っ!? もう来たの? えっと、客室に通して。私もすぐ行くから」
「かしこまりました」
侍女が出ていくと大きく深呼吸をする。
「急いでマムート」
「はい。ドルドン様とは三ヶ月ぶりですからね」
そう微笑みながら取り出したのはジュエリーケース。片手でも持てそうな小さなものだった。
中にはブローチやネックレス、ティアラが並べられている。
オリクトは王女だ。社交場に出るならそれなりに着飾らなければならない。装飾品を持っていてもおかしくはない。むしろ王族として嘗められないように必要なものだ。
しかし彼女のコレクションは少々質素……いや、地味だった。日本人の感性が質素なものを好ませているのかもしれない。
ただ、それだけではなかった。
「うーん。今日はこれかな」
オリクトが取ったのはルビーの埋め込まれた銀製の羽型のブローチだった。
「十二歳のお誕生日に頂いたものですね」
「マムートもよく覚えているわね」
「ドルドン様に毎年作って頂いてますから。その都度オリクト様もニヤついてるのも覚えてますよ」
「うっ……」
恥ずかしさに縮こまる。
ドルドンと婚約してから数年。毎年送られる彼お手製のアクセサリーは少しづつ増えていっている。勿論その全てが魔法具である。見た目以上、同じランクのものの十数倍の価値がある代物ばかりだ。見た目だけではない、実用せも兼ね備えた逸品ばかり。どれもがお気に入りである。
「と、とにかく急いで準備しましょ。披露宴の打ち合わせもあるし」
なんだかんだと言いながらも、彼女の本心はたった一つ。彼に早く会いたい。それだけだった。
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