第11話 どうやら私は思いの外チョロインだったようです

 そう考えていたが、特大の爆弾が投下されてしまった。婚約破棄ではなくI love you.想定を超越している。


「パーティーの時から殿下の事が忘れられないのです。父上から婚約のお話しを聞いた時も、嬉しさのあまり気絶してしまって……」


 ちょっと待てと言いそうなのを堪える。理解が追いつかず頭がパンクしそうだ。

 そこに追討ちをかけるようにドルドンのラブコールが続く。


「勿論身分違いなのも承知しております。ですが我々クド族に未来を導いてくださったオリクト様は僕の女神なのです。僕の手を認めてくださった瞬間、貴女に全てを奪われました」


 容赦ない怒涛の攻め。助けてと周りに視線を送るも肝心のマムートは知らんぷり。お前の主人だどうにかしろとオルカを見るも頬を痙攣させ笑いを堪えていた。ならばと他の侍女に救援要請の視線を放ったが、彼女達は完全に恋愛劇の観客と化していた。

 こうなれば頼れるのは己のみ。これでも人生二週目。こんな子供に絆される訳にはいかない。


「で、ですが私はドルドン様を利用しようとしていたのですよ?」


「何をおっしゃいますか。我々にとって作った品を広めようとしてくださる陛下に感謝しています。それにこの設計図。殿下が民を想う慈愛を感じます。そして我々の力を役立てたいと……光栄です、職人にとって誉れです!」


 ダメだ。何を言っても良いように解釈される。否、考え方がオリクトと違うのだ。彼らはウルペスの政策を望んでいる、そして喜んでいる。これではまるで、オリクトの方から婚約破棄を申し出ているようだ。


「ですので、殿下が望むのであれば僕の方から断ったとおっしゃっても構いません。ですが僕は殿下に心酔しております。どうか、家臣として置いていただけないでしょうか? 陛下の、そして殿下のお力になりたいのです」


「ドルドン……」


 なんと真っ直ぐな目だろう。引き込まれるような、心臓を掴まれるような感覚に心が揺らぐ。

 彼をこのままにして良いのだろうか。こんなにも、愚直なまでに真っ直ぐと己の想いを告げてくれたのに無下にできようか。

 そして何よりも。


(ヤバい。めっちゃタイプだ……)


 忠犬のような腰の低さ、それなのにストレートに向けられる好意。努力を怠らぬストイックさ。そして恋が報われなくとも尽くしたいという心根。何よりビジュアル。

 揺れる心をしっかりと保とうとする。目を閉じて深呼吸。ゆっくりと目を開いた。


「貴方のお気持ちは……」


 そう言いかけた所で身体が動かなくなる。じっと見つめるドルドンの視線に何も言えなくなった。

 どうしてこんなにも好意を向けてくるのだろうか。確かに彼の言葉を信じるなら、職人としての誉れとウルペスの政策が噛み合った結果だろう。しかし異性としての好意は別だ。


(待って。たしかパーティーの時……)


 そう、ドルドンは言っていた。傷だらけの手を褒めたと。


(完全にヒロインの言動だ)


 きっと他に言ってくれる人がいるのかもしれない。あのシーンにはもっと可愛い女の子がいたのかもしれない。その全てをぶち壊してしまったのかもしれない。


「…………違う」


 だがその全てはまやかしだ。今を生きるのならそんな事を考えてはならない。

 これが私の現実リアルなのだ。ならば何を躊躇おうか。己の人生を謳歌して何が悪い。


「ドルドン様、立ってください」


「え? あ、はい」


 覚悟は決まった。ドルドンを立たせ向かい合う。同い年な上に子供。今はオリクトの方が僅かだが背が高い。


「二人きりの時は、オリーと呼んでくださいな」


 そう言いながらドルドンの手を取る。

 今はただ彼が欲しい。渡したくない。そんな欲が心を押した。




 部屋の壁にかけられた絵画、その裏は隣の部屋につながっている。そこでは二人の親達が部屋の様子を観察していた。絵画には穴が開いており、そこからオリクト達の様子を見ていたのだ。

 頭を抱えるマクロ、笑いを必死に堪えるウルペス、開いた口が塞がらないルプス。この状況に三者三様、様々な思惑があった。


「も、申し訳ございません陛下。愚息がとんだご無礼を……」


「いやいや、逆だよ伯爵。まさここまで入れ込んでいるとはな」


 笑い声が漏れないよう抑えつつグラスを手に取る。


「想定内……いや、想定以上だ。恋心と忠誠心が同居してる彼は一番信頼できる。オリクトをしっかりと支えてくれるだろう」


「そうであれば嬉しいのですが。まさかここまでオリクト殿下に心酔してるとは。嬉しいやら不安やら」


 マクロは不安だった。惚れ込んでいるのは聞いていたが、ここまで傾向しているとは思ってもいなかった。


「よろしいのですか陛下。少しお灸を据えるべきかと」


「不要だ。府抜けるようであれば喝を入れなければならんが、今は見守ろうではないか。可愛い娘の恋路をな。私たちのように」


 そうウインクする夫にルプスは微笑む。かつての、若き日の事を思い出しながら。

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