第10話 婚約破棄しそう こっち有責で

 広い応接間、自分の身体より大きなソファーにチョコンと座るオリクト。その両隣ではウルペスとルプスがドドドドと擬音が見えそうな覇気を纏い座っていた。


「陛下。伯爵様がお見えになりました」


「通せ」


「はっ」


 扉が開き二人分の足音が入ってくる。

 一人は以前出会った少年ドルドン。その一歩前に異様な気迫を放つ大男がいた。

 褐色の肌に長く蓄えられた黒髭。さながら巨大化したドワーフのような人物だ。


「久しいなマクロ伯爵。遠方からはるばる感謝するぞ」


「はっ。陛下のお声掛けとなれば何処までも馳せ参じます」


「頼もしいぞ。それと……エウバラ夫人はやはり難しかったか」


「申し訳ございません。妻は身重、娘は礼節に疎く本日は息子と二人となりました」


「気にするな。夫人の体調の方が優先すべき事だ」


 ピクリとオリクトの眉が動く。


(妹がいるのね。やっぱり彼が主人公! うんうん。前世も含めて妹はいなかったし、楽しみが増えたなぁ)


 心の中で何度も頷く。未来に希望が見えてきた。

 そんな事を考えているとルプスが軽く背を押す。挨拶だ、そう無言で指示が来る。


「さてと。伯爵は初対面だったな。オリクト」


 ウルペスに促されるとオリクトは前に出てお辞儀をする。


「はじめましてマクロ伯爵様。オリクト・コーレンシュトッフです」


「マクロ・マグネシア伯爵です。この度は婚約をお受けいただき誠にありがとうございます」


 深々と頭を下げるも、巨漢なせいか威圧感が凄まじい。

 オリクトも目線はドルドンの方へと動く。


「またお会いしましたね、ドルドン様」


「は、はい……」


 言葉もおぼつかず落ち着きがない。以前に会った時より緊張しているのが解る。

 少し心配だ。下手な事をしてこの話しがパアになるのは避けたい。


「あの、お父様。私ドルドン様とお話しがしたいの」


 一瞬ドルドンの方を向きウインクをする。それが見えていたのかは解らない。そしてドルドンが頬を赤らめ俯いた事も。




「それでね、後ろの車輪を回すのに歯車を動かす動力が必要なんだけど……」


「は、はあ」


 隣の部屋で紙の束をドルドンに見せる。そのどれもが彼には未知の代物だ。

 それはこの二ヶ月で思い出せるだけメモに書き出した前世の道具達、その設計図だ。今見せているのもモーター駆動の車の設計図。それを見て目が点になっている。

 オリクトも細かい部分は分からない、そもそも知識を持っていないものもある。基本的な構造や原理を書き綴っただけだがこの世界の住人からすれば超常のものだ。


「こういう魔法具があれば、生活はもっと便利になると思うの。……作れそう?」


「ぼ……私だけでは何とも。ただ」


 ふっとドルドンの表情が緩む。ここに来てからずっと固まっていたのが解れていく。


「すごいですね。こんなのを思いつくなんて」


(考えたの前世の方々なんですがねー)


 そう言いながら向けられる笑顔が眩しかった。

 正直ずるいとは思っていたが、知識や技術は受け継ぎ広め、発展させていくもの。この世界の人々の役に立つと免罪符を打ち自身に言い聞かせる。


「やっと笑ってくれた」


「! も、申し訳ございません。緊張してまして」


 ふとオリクトは嫌な予感がした。先程からドルドンはこちらと目をあわせようとしない。もしかしたらこの婚約を嫌がっているのではないかと。

 おりの予想ではドルドンは主人公(仮)だ。妹がいるのだし、もしかしたら懇意にしている幼馴染とかいるかもしれない。所謂ハーレムものの可能性だ。

 家族の声色からこの世界は何かしらの物語の中なのは確定している。ドルドンに至っては、成長し声変わりすれば聞き覚えのある声になるかもしれない。そしてまだ見ぬメインヒロインの存在。

 オリクトの頬に冷や汗が伝う。今の自分は物語を我が物にしようと画策するのムーブじゃないか。

 血の気が引く。本当にこのままで良いのかと疑問が浮かぶ。

 オリクトの目的は現代の道具を再現する事だ。最低限、クド族とのつながりさえあれば良いのではないか?


「…………ドルドン様」


「何でしょうか」


「もし、私との婚約が嫌なのであれば断ってください」


 控えていた侍女達がざわつく。その中にはずっと無表情だったマムートとオルカもいる。ここまで決まっていた話しをひっくり返したのだ。もし母ルプスがいれば卒倒しただろう。


「な、何故ですか? 私が何か粗相を?」


「ううん、貴方は何も悪くないわ。どちらかと言うと、私の方に非があるの」


 設計図をまとめ机の隅に置く。


「私ね、魔法具に興味があるんです。もっと便利な道具があれば、魔法具を民に広める事ができればこの国はもっと豊かになるはずだって」


「殿下……」


「そのためにドルドン様との婚約をお受けしたんです。私達王族、貴族の婚姻はそういうものですが、苦痛になるのなら考え直さなければなりません」


 お互い向かい合い視線を交わす。目をそらさず、ドルドンの金色の瞳から離れない。


「ドルドン様のお気持ちを知りたい。もし王族を理由に断れなかったのなら、私がお父様を説得します」


 そうだ、これは我が儘だ。国民のためと言い訳をした、自分が活躍し気持ち良くなるための自慰に過ぎない。言ってる自分が虚しくなる。状況と思想を整理すればする程自分が悪辣に思えてきた。

 父の意見に同意したのは事実だ。こんな社会では政略結婚なんて当たり前なのも納得している。しかし、それを利用しようとしている事に罪悪感が沸いてきた。

 さあ来い。結婚できませんと言ってくれ。そう願いながら目を開く。


「オリクト……様」


 そこにいたのは憂いた瞳を向けるドルドン。言い淀んだのは一瞬。意を決し椅子から下りオリクトの前に跪く。


「殿下、どうしてもお伝えしたい事がございます」


「発言を許します。聞かせてください」


 ああ、と胸の中に刺が刺さる。それと同時に軽くなっていくのが感じられた。

 彼らとは適切な距離で対応しよう。あくまで有用な配下としてこの国の発展に協力してもらおう。


「初めてお会いした時からお慕いしておりました」


「…………へ?」

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