第9話 明るい政略結婚計画って矛盾していない?やってやらぁ
あれから二ヶ月。オリクトの日常は平穏そのものだ。本を読み、マナーの受講、ダンスのレッスン。殆ど遊ぶ時間もない忙しい日々。
こんな子供時代があっただろうか。答えは否。小学生でもこんなハードスケジュールはそうそうない。それどころか、兄ラゴスの婚約者候補……つまり王妃候補の勉強はこれを超えるようだ。それをやってのけた母を心底尊敬する。
遊べない、というのは確かに辛い。しかし娯楽の少ないこの世界では仕方のない事。ネットも無い世界だ。生きる事に必死なのだろう。
「マムート」
「何でしょうか殿下」
ここはオリクトの自室。当然のように長身の女性、マムートも控えている。
読書中だったオリクトは本を置き、疲れたような目で専属侍女を見上げる。前世ならモデルでもやれそうなスラリと伸びた肢体。しかし子供の身体からすれば巨木のようだ。
そんな威圧感を放つ彼女に臆する事なく、この数日溜まりに溜まった不満をぶちまける。
「私の婚約の件、どうなっているのよ。あれから全く話しが無いんだけど」
「こればかりは仕方ないかと。マグネシア領は王都から離れています。正式な婚約についても準備がございます」
「ううっ。一度マグネシア領に行ってみたかったのに……」
ため息が止まらない。勉強も前世と違った知識を得られて楽しいが、オリクトの目的はあくまで文明の利器を再現する事。まずは魔法具の事を知らねばならないし、アイディアを通せるよう職人の人心掌握も必要だ。
その為にはドルドンと父であるマグネシア伯爵の信頼を得なければならない。いくら了承しているとはいえ、今まで虐げられていた人々だ。もしかしたら良く思っていないのかもしれない。そう、コミュニケーションが必要なのだ。
「そんなにお気に召しましたか? 昨晩もあの彫刻を食い入いるように調べてましたし」
「もちろん! そうね、例えば手洗いしなくても洗濯ができる道具があったら? 欲しいでしょ?」
「……確かに。あれは重労働ですからね」
「ね? 私はもっと国を豊かにしたいの。便利な道具って一番の近道じゃない?」
農具が発展すれば食料生産につながる。人類の歴史は道具の歴史。技術は未熟でも魔法がある。
「陛下と同じ事をおっしゃいますね」
「ええ」
正直オリクト自身も驚いている。普通なら伝統やらで頭の硬い人物になりがちだ。新しいもの、新しい概念。そういった代物は忌避され易い。
賢王。もしかしたら彼は味方側なのかもしれない。だがあくまでドルドンが主人公かどうかはオリクトの想像だ。
(主人公の近くなんて厄介だ……ってのは鉄板だけど、私は違う。離れるんじゃない、味方になる。そうやって美味しいお零れをいただくのよ)
狡いと自分でも思っている。しかし利用できるものは全て使う。これはゲームじゃない。やり直しにも制限がある現実だ。もし予想が当たっていれば、確実に利益になる。
なんなら物語を乗っ取ってメインヒロインになっても良い。どうせ見ず知らずのストーリー。それなら未来の解らない現実として飲み込んでしまおう。
ニヤニヤと笑いが止まらない。
そして数日後。
今日の王宮は騒がしかった。普段寮生活をしている第一王子がいるから? その王子が殺気立っているから? 第一王女がドレス選びに癇癪を起こしているから?
その全部だ。そしてもう一人、忙しい少女がいた。
「さてマムート。今日は私にとって大切な日なの。解ってるわよね?」
「はい。本日はマグネシア家との正式な婚約に向けた会食です。マグネシア伯爵もお見えになりますので、王女として恥ずかしくない立ち振舞をお願いします」
「ええ、ええ。もちろんよ」
鏡には淡い橙色のドレスを着付けられているオリクトがいる。今日の私は可愛い! と叫びたくなるがそれは我慢だ。そんな事をすれば大目玉を食らうだろう。
なんせ今日は正式な婚約の話し合い。ウルペスの政策とオリクトの野望が重なっている以上話しが流れる事はまず無い。更に相手との身分差もある。少々悪どいが、マグネシアに拒否権はほぼ無い。
はっきり言おう。オリクトは楽しみだった。ラゴスが少しばかり不服そうだったが、そんなものは親のしごとだ。いい加減に妹離れもしてほしい。
「マムート。今日の私はお母様やお姉様より美しい?」
「残念ながら御二方には劣るかと」
お世辞の一つも言わない冷たい言葉だ。だが彼女はこういった人物と知っている。無条件に従うタイプではない。しっかりと意見する従者だ。幼い子供相手だからこその人選なのだろう。
そして。
「ですが、愛らしさは勝っております。誇ってください」
「ふっふっふっ。ならば良し! 今日は私がクド族をまとめ上げ、文明開花を成し遂げる第一歩よ! 楽しみにしていなさいマムート。私が貴女達の仕事を楽にしてあげるわ」
悪役のような高笑いが止まらない。
「下品ですよ殿下」
「おっと。そうね」
ピタリと笑うのを止め、鏡を見ながらお上品に微笑む。これで良しと再チェックしながら自身を見回す。
「しかし、殿下のご活躍は皆ご期待しております。私は先週おっしゃっていた、風の魔法を利用し埃を吸い込む箱に興味あります」
「興味じゃなくて実際に使ってもらうわよ。マムートには私のお世話だけでなく、運用評価係に任命する予定なんだから」
マムートの鉄仮面が崩れ驚愕の色が見える。他の侍女達も驚いていた。
今まで見た事のない表情だった。
「なんで驚いているのよ。私の専属なんだから、マグネ……いや、私が爵位貰って婿を取ったら変わるし…………と、とにかく」
子供らしかぬ言い方だったかもしれない。しかしオリクトにとってマムートは唯一無二の存在だった。
「結婚しても私と一緒よ。それとも来たくない?」
嫌なのかと不安げに上目遣いをする。そんな事をされてはマムートも断れない。いや、最初からその選択肢は無かった。
「まさか。身体が動く限り殿下のお世話をいたします」
ほんの少しだけ笑ったような気がした。こういう鉄仮面が剥がれる瞬間は見ていて胸が熱くなる。
「そうこなくちゃ」
ただ嬉しさだけが胸を満たす。
まだまだ先の未来。漫画のように婚約破棄なんて事は無いだろう。そもそもこちらの方が立場が上なのだ。
一つ不安点があるとすれば……
(ドルドン・マグネシアが乗り気じゃなかった場合はどうしよう。無理強いするのもなんか可哀そうになってきた……)
少しばかり思考に影が差す。不安を感じながらも外に控えていた侍女が入ってきた。
「失礼いたします。マグネシア伯爵様一行が到着しました」
「来たわね」
深呼吸し一歩踏み出す。ここから先は政治と金の話しだ。明るい家族の顔合わせではない。
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