第8話 いや、どう考えても有能なのに無下にするの?おバカさんなの?
(はぁ!?)
思わず叫びそうになった所を堪える。それ所か今までの話しがパズルのピースのように組み合わせられ、彼の目的が見えてしまった。
「まさかお父様。その希少な職人全員を王家が掌握するつもりですか?」
「その通りだ。理想はオリクトが管理し、国内に魔法具を普及してほしい」
ある意味オリクトの理想だった。管理者となるのは少々解釈違いだが、大勢の職人を手に入れられるのは嬉しい。いくらでも前世の道具を再現する手駒が使える。
何より立場だ。嫁ぐのではなく婿として取り込む。基本的に男性の方が優遇される世でこれは大きい。
「ですが、そんな事をして大丈夫なのですか? 王家へ強制的に徴収するようなものです」
「案ずるな。私がクド族の待遇を改善させた事もあり、彼らからの忠義は厚い。むしろこれは庇護下に置くのと同じだ。伯爵の同意も得ている」
つまり伯爵から見ても美味しい話しらしい。
しかし意図が読めず少しばかり怪しく見える。それを助長しているのはルプスの様子だ。
「お母様は歓迎されてないようですが……」
「そうね。魔法具の増産と普及を目指す陛下のお考えには賛同しています。しかし」
ふとルプスの目が冷たく細められる。血の氷柱のような目にオリクトも思わず背筋が凍った。
「移民のクド族は少々。まだ貴族達から偏見を持たれているので」
「ルプス。そういった差別的な考えが目を曇らせるのだ。彼らの技術は確実に国益になる」
「承知しております。事実陛下が爵位を与え経済支援を初めてから、貴族間のみですが魔法具による国内の生活水準は向上しています。しかし……まだ私は彼らを完全に受け入れられていません」
もの悲しそうな言い方だった。だがその裏には小さな偏見が見え隠れしている。
「あの、そんなにクド族の方々の立場は悪いのですか? 確かに何人かドルドン様を悪く言っていた方がいましたが」
ウルペスは大きくため息をつく。どこか呆れているような顔色だ。
「彼らがコーレンシュトッフに現れたのは二十五年前。前王が受け入れたのだが、彼らの扱いはぞんざいだった。南部の海岸沿いに押し込まれた彼らは差別と侮蔑の対象だったのだよ」
紅茶を一口飲む。
「私は彼らの能力を腐らせるのは惜しかった。即位後に族長に爵位を与え支援。ものの十年でここまでの経済効果を産み出した」
「…………あの」
とんでもない事が頭に浮かぶ。普通なら考えられないめちゃくちゃな
「職人は希少なんですよね? どう考えても蔑ろにして良いものではないと思うのですが……」
「そうなんだよ。父上も当時の宰相どもも本っ当に馬鹿でな。魔法具を作らせる奴隷ならまだしも、ただ見下す存在と触れ込み何もさせなかった。今でこそ有用性を広め、多少はましにはなってきたんだが……まだまだ偏見があるのだ」
呆れているウルペスの姿にオリクトの頭で一枚の絵が画かれていく。
不自然なまでに扱いの悪い民族。改善の兆しはあるものの周りから嘲笑される存在。
そうして絵が集まり一冊の本となった。
(あ。これ、ドルドンが主人公の物語だ)
有能なのに差別されるのはよくある設定と作品の矛盾だ。そんな立場のドルドンに王女との婚姻話しがくるなんて物語の開始にもってこいだろう。
そこにあの悪人面の兄と姉だ。もしかしたら二人……と母ルプスは本来悪役なのかもしれない。いや、それどころかオリクトも悪役の可能性がある。
ウルペスの政策のために結婚する事になったオリクト。しかし自分は嫌がり兄達と結婚を阻止しようと悪役として暗躍する。そんな中、真のヒロインが……なんて物語なのかもしれない。
(フフフ。見えたわよ作者! しかし私は私の野望を叶える。物語のいざこざに構ってる時間なんて無いのよ!)
悪い笑顔だ。心の中で高笑いをし拳を握る。
(私は物語をぶっ壊す。そして全て利用させてもらうわ。ここは
敵は形無き創造主。しかしここにいるのは本来と違う魂を持つ人物。まるで悪役令嬢に転生した物語の主人公になった気分だ。ならばやる事は一つ。
「お父様、お母様! 私、ドルドン様と結婚します!」
力いっぱい叫ぶ。これは自身の選択だ。
よくよく考えれば物語の中だってオリクトの想像でしかない。そんな曖昧なものに心を乱されてなるものか。人間らしく貪欲に生きよう。
「オリー、本当に良いの?」
不安そうなルプスを他所に、オリクトは全力で目を輝かせる。
「はい。私、お父様の政策に感銘を受けました。こんな便利な道具、もっと世に広めるべきです。それこそ平民の間にもです」
すらすらと言葉が出てくる。口が止まらない。この言葉に嘘は無く本心だ。
「それに魔法具そのもにも興味があります。空を飛ぶ馬車とか、手洗いせずともお洗濯ができる道具とか」
「ほほう。それは面白い事を考えるな。なあルプス」
興味というより子供の妄想だと軽く流しているのだろう。しかし彼女は本気だ。
「以外です。いや、元々勉強熱心な所はありました。最近図書室にこもりがちとマムートから報告があったわね。幼い頃のラゴスみたい」
勉強そのものは好きな方だ。知識は座っているだけで得られる。ただその出力先が無かった。だがそのチャンスがここにある。
あと一歩。母の心を揺さぶる一手が必要だ。
「それと……」
もじもじと身を縮め視線を泳がせる。全力で恥じらう
「ドルドン様なら、素敵だと思います。手を傷だらけにしながらも、私のためにプレゼントを作ってくださって……」
ちらりと二人に視線を向ける。目が点になるウルペス、複雑そうに眉間にしわをよせるルプス。自身の演技が成功したと確信し最後の一撃をぶちかました。
「これが恋なのでしょうか?」
はっきり言って完全な嘘とは言い切れない。彼の容姿は好ましく思っているし、第一印象は良好だ。しかしあくまで打算と利用。そう自分に言い聞かせる程に小さく罪悪感が募る。
唖然とするルプス。その衝撃的な言葉に開いた口が塞がらない。
一方ウルペスは肩を震わせ俯く。そして……
「ぶぅわっはっは! そうか、おまえも色恋沙汰を覚える歳か」
「陛下。何を笑って」
「ふふっ。こういう時は子の成長を喜ぶべきだろう。それにだ」
そっと妻の頬を撫でる。
「政略結婚なぞ……」
「出会い方にすぎん。後からいくらでも愛を育める。でしょう? その教えでシルビラも上手くやっています」
「ああ。この子はもっと上手くやれる。我々よりもな」
お互いに微笑み合う二人。意外と仲は良好のようだ。
ドロドロとした妃争い。先程の言葉が本当なら、ルプスは妹と苛烈な争奪戦を勝ち抜いた猛者だ。まともな恋愛観を持っているようには見えない。
しかし二人はどうだろうか一見、ごく普通の夫婦に見える。
「しかし懐かしいな。オリーのような笑顔を出すのに何年かかった事やら」
「あら。お母様ってそんなに仏頂面でしたの?」
「そうとも。私との婚約が正式に決まってもずっと警戒心むき出しでな。せっかく夫婦になるのだからと話しかけてるのに、石のようになーんも反応しないのだ」
「
母の聞いた事のない声に驚く。それどころかウルペスを愛称で呼ぶのも初めて聞いた。
ハッとしたように頬を赤らめる彼女が可愛らしい。普段見られない母の姿がとても新鮮だ。
(まぁ、歩み寄る時間はあるか)
目的の為だ、多少なり罪悪感はある。しかしそれでも仲を取り持つのは可能だろう。自分の家族を見れば自然とそんな気がしてくる。
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