第7話 婚約者 悪くありませんわ

 翌日の昼時。昨日は疲れはてて即寝落ち。子供の身体のせいか体力は低い。徹夜でゲームなんて今の身体では不可能だろう。そもそも夜ふかしする理由がない。なんて健康的な生活だろうか。前世の不摂生な自分を蹴っ飛ばしてやりたい。

 そうやって意識を外に向けたくなるが、今回はダメだ。何せ眼の前の二人が問題だ。


「こうして三人だけで食事を取るのも久しぶり……いや、初めてだったかな」


「そうね。小さい頃はラゴスもシルビラもオリーから離れなかったもの。我が子とは思えないほど兄妹仲の良いことで」


 相変わらず前世で聞いた事のある声の二人に頬が緩みかける。良い声はそれだけで心の養分になるからだ。


「ルプスは姉妹で王妃争いをしていたからな。だがこれが兄弟姉妹のあるべき姿だろう」


「陛下には感謝していますわ。今では妹とは遺恨なく接せられています」


 しかし両親の会話が重い。親子であるならもっと軽く接するものだが、一国の王と妃の前と考えると緊張もする。更に今回はオリクトだけ。何かあると警戒しフォークを握る手に力が入る。


「さてオリー。今日呼んだのは他でもない。昨日のパーティーの件だ」


 軽く頷く。


「貴族の子息、令嬢を招いたのだが、お前から見てどう感じた? ああ、ラゴスの助言は考えず、オリーの素直な感想を聞きたい」


「そうですね」


 数秒ほど昨日の事を思い出す。はっきり言ってあやふやな部分も多いが、ここは子供らしく短絡的に言うのが良いだろう。


「好きになれそうな方とそうでない方がいました。あと……将来有用な方も」


 頭の片隅に思い出すのはドルドンの姿。実際、彼の印象が一番大きい。珍しい褐色の肌。魔法具職人。個人的な好みもあるが、彼女の野望に利用できる。

 勿論彼だけではない。経済的に余裕のある家、王家の味方、ラゴスの情報から使えそうな貴族はピックアップしている。

 この世界の文明開化、産業革命。現代日本と比べ圧倒的に不便な今を変える。オリクトの目的は完全に定まった。知識チートで無双するのだ。

 せっかくの転生。主人公のように派手に活躍したい。スローライフなんてどこが楽しいのか。人間の承認欲求を甘く見てはいけない。

 オリクトの言葉に両親は小さく頷く。


「そうか。ではその中に婚約者がいると良いのだが」


「!」


 やはりと身体が緊張する。年齢や恋愛なんぞ言ってはいられない。政略結婚をオリクトは受け入れている。生理的に問題なければ構わない。それよりも相手にがあるかどうかだ。

 オリクトは己の嫁ぎ先ですら発展の道具にするつもりだった。経済力、人脈こそ求めるもの。そしてそれは父ウルペスにも利点はあるはずだ。

 しかし一点だけ疑問がある。シルビラは婚約者候補と言っていたのに、ウルペスは婚約者とまるで既に決まっているような言い方だった。


「お父様。私の婚約者は……既に決まっているのですか? お姉様は候補だとおっしゃっていたのですが」


「そうだ」


 ウルペスはちらりと妻の方に視線を送る。しかしルプスは何も言わない。貴方に従うと無言で語っている。


「お父様。私も王族の責務は理解しています。政の為、国の為の婚姻が必要ですもの」


 そうだ。今の生活があるのはその地位のおかげ。ならばそれに見合った生き方、責任がある。日本人だった頃からすればあり得ない事。しかし今は違う。


「ただ、何人か嫌悪感を抱く方もいましたので。その方々でしたらご相談させてくださいな。例えばお腹が私の倍くらいある方とか」


「ハハハ! 侯爵家の連中か。あいつらは節操ないからな」


「陛下」


 笑い声をルプスが諌める。


「おっと、すまんな。それで本題だが……」


 声色が変わりオリクトは息を飲む。心の中でドラムロールが響く。


「婚約者は、マグネシア伯爵の子息だ」


「マグネシア……」


 一瞬思考が停止する。だがすぐに喜びに意識が引き戻された。

 ありだ。なによりオリクトの目的に一番マッチしている。そして見た目も悪くない。いや、好ましい。世界が自分に知識無双をしろと言っているかのようだ。

 使える。あの顔を赤らめながら手作りのプレゼントをくれた少年を弄ぶようで心が痛む。それでもこの世界の文明レベルを引き上げる野望には最高の道だ。前世の価値観は一旦脳の片隅に追いやり、冷酷になれと打算で心に鞭を打つ。

 しかし一つ疑問がある。


「伯爵……ですよね?」


 地位が中途半端だ。爵位の中では真ん中、王家の婚姻相手にしては少々物足りなさがある。


「ああ。今考えているのは、オリーに爵位を与え伯爵子息……名をドルドンといったな。彼に婿入りしてもらう予定だ」


「婿入り……」


 確かにそれなら悪くないかもしれない。最低限の体裁は保つだろう。しかし父の言い方が気になる。


「お父様。もしかしてマグネシア領が欲しいのですか? 例えば金山があるとか」


「……金山だったらどれだけ良かったか」


 ルプスが小さくぼやく。彼女の言い方からこの結婚を良く思っていないのかもしれない。


「良い考えだが外れだ。私の目的はマグネシア領の民。クド族だよ。マグネシア伯爵はクド族の長なのだ」


「クド族?」


「ああ。確か伯爵家からの贈り物は魔法具だったね」


 オリクトは頷く。あの光るウサギの彫刻。ドルドンが作った魔法具。忘れはしない。


「魔法具は作れる職人が少ないせいで、希少な品なのは知ってるかな?」


「……いいえ。王宮に灯がたくさんあるのでそうとは」


 しかし希少なら誕生日プレゼントの中に二つしかなかったのも納得がいく。王宮のは財力で確保したと考えれば自然だ。

 それに魔法のアイテムを作れる職人は少ないのもあり得ない話しじゃない。安価に、誰でも作れるのならもっと普及し技術が進歩していてもおかしくない。

 ウルペスの言い分に納得していると、彼はとんでもない事を口にした。 


「実は魔法具は特殊な素質を持つ者にしか作れないのだ。他国には数人しかいないのだが、我が国は違う。なんせクド族は全員が職人なのだよ。マグネシア領の民全員が……ね」

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