第5話 偉い人の誕生日パーティーとかキツいんだけど

 人、人、人。ラゴスに連れられ庭に出たオリクトを出迎えたのは数えきれない程の視線だった。


(うっそでしょ?)


 一気にのしかかる緊張感。前世だってこんな人集りに注目された事はなかった。

 頭が真っ白になる。どう話せば良いかわからない。


「さっ、オリー。大丈夫。緊張しているのはみんな同じさ。父上と母上も見守ってくれてる」


 視線横にすればこちらを見守る男女の姿。シルビラと彼女に似た厳しそうな女性。オリクトと同じ栗色の髪をした、痩せこけた風貌の男性。オリクト達の両親、この国の国王ウルペスと王妃ルプス。三人の温かい視線が逆に痛い。

 心の中で深呼吸をしクールダウン。この程度で尻込みしてどうする。今後の人生、もっと人目に晒される事になるのだ。せっかく王族なんて大当たりに産まれたのだ。恩恵に見合った働きをせねばバチが当たる。

 スカートの裾をつまみお辞儀。優雅に、淑やかに、体幹がぶれないよう一礼する。


 (我ながら完璧! ……だと思いたい)


 楽しい楽しい誕生日パーティー。そんなのは一般家庭での話しだ。ここからは政治の戦場。立ちはだかる子供達も親の剣。そして未来の戦友とライバル。

 オリクトの長い一日、そして初陣の幕が上がった。


 が、現実は甘くなかった。


「ブラーク公爵家の令嬢とは仲良くしておくと良い。あそこの跡取りはシルビラの婚約者だからね。ポタシウム侯爵家の小僧は忘れて。父上の政敵で、息子をオリーの婚約者にして利用する気だ」


(何コレ? キッツ!)


 絶え間なく挨拶にくる子供達。その一人一人の名前と顔の確認。所々に挟まれるラゴスの解説で頭がパンクしそうになる。

 子供の精神なら多少思考を放棄していただろう。しかし社会人経験のある彼女はそうはいかない。元々真面目……いや、融通がきかない質なのだろう。どうにかして全て覚えようと必死になっている。

 これが悪手だった。未成熟な脳では限界がある。目が回り吐き気すら感じてきた。


「お、お兄様。少し疲れて……」


「そうか。なら少し休憩にしよう。マムート」


「かしこまりました」


 相変わらずの速度だ。ケーキとお茶を用意し客に振る舞う。惚れ惚れするような手際。兄が指示を出したのは少し妬けるが、今のオリクトにはそんな体力も残っていない。

 出されたお茶を一口。たっぷりと入れられた砂糖が疲れた脳に行き渡る。


(癒されるぅ~。やっぱり脳には糖分よね)


 流石に他の子供達も色とりどりの甘味に目を奪われてしまった。先程までのピリピリした空気は一転。完全なティータイムへと変わってしまった。


(えっと……あのツインテが公爵家で、ポニテが伯爵。あっちの生意気そうなのが侯爵で、あっちの太っちょが……)


 脳に栄養が回ったからか、思考が復活し招待客の確認を始める。そんな時だ。


「まったく。殿下のお誕生日だというのに小汚いネズミが混じってるなんて」


 ピクリとオリクトの眉が揺れる。想定はしていた。貴族社会だけでなく現代日本にもあった陰口に心が揺さぶられる。


(うわー、出たよ周りsage。前世でもキモオタだったから、ああいうの聞くとトラウマが……)


 はっきり言って気分が悪い。他者をこき下ろし自分を上にしようとする行為は最悪だ。それは自身を成長させずに足を引っ張りのし上がる。あまりにも怠惰な所行である。

 聞いててイライラする。周りの大人達は何をしているのだろうか。いや、こそこそと嘲笑しているだけ。一体全体どんな人物なのだろう。

 ちらりと横目で声のする方を見る。声の主はオリクトより一つか二つ年上の肥満体型の少年だ。


「あれ?」


 だがそいつよりもう一人の子に目が行く。

 一人隅っこにぽつんと立つ少年。この世界で初めて見る褐色肌。切り揃えられた銀髪。ガラスの装飾で飾られた真っ白な服。見るからに異民族といった風貌の少年がいた。


(銀髪褐色ショタ……!? へ、癖に刺さる!)


 かつての自分オタク魂に火が灯る。しかも好みの属性モリモリ。これに興奮しない訳がない。


(あの子がいろいろ言われている子ね。もしかして異国の方かしら?)


 興奮を抑えつつ観察する。予想通り彼が嘲笑の中心人物だった。反論もせず目を逸らす姿が痛々しい。


「金で爵位を買ったってお父様が言ってたぞ。余所者のくせに穢らわしい」


「………………」


 彼は何も言わない。ただ辛そうに唇を噛みしめるだけ。

 そんな様子にオリクトも見ていられなくなる。聞いているだけで頭痛がする。他者を貶み嘲笑う声が忌々しい。こういった悪意に触れる機会もあるだろう。だからこそ戦う意思を持たなければならない。


「オリー?」


 ラゴスの声も届かなかった。半ば無我夢中に飛び出す。

 見過ごしてはならない。前とは違う。今の自分には力がある。そして、それを正しく使わなければならないと今世の自分が背中を押す。


「ご機嫌よう。あなたのお名前を聞かせてくださらない?」


 彼らの間に割り込み微笑む。何の前兆もなく現れた王女に皆が思考を一時停止させてしまう。

 ただ一人、褐色肌の少年ドルドンは少し違う。現れた少女に驚いたのではない。見惚れていた。

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