第3話 悪人面の姉とか、いじめられそうなんだけど
日が落ち空には黄金の満月。日本と違い空気も澄み騒音の無い静かな闇だ。
そんな中でもオリクトの住まう王宮は常に光を放っている。
「…………ハァ」
楽しい楽しいディナータイム。の、はずだがオリクトの心は曇り空だった。
図書室にあった本、近隣の地図。そのどれを見ても彼女の知識に無いものばかりだった。そもそも自国であるコーレンシュトッフ王国なんて聞いた事が無い。
ここはゲームやアニメの世界ではない、そう思っていたが懸念があった。
チラリと部屋の隅に設置されたスタンドライトを見る。この世界には家電製品があった。
もちろん現代日本のものとは性能は圧倒的に劣るし、動力源が魔力と違いはある。魔法が存在するこの世界に、魔法の道具が家電製品の代わりを担っているのだ。
これがオリクトの感じた違和感。それは技術の進歩が歪すぎる事にある。
原始的な冷蔵庫やコンロ、照明器具はあるのに乗り物は馬車。武器も剣や弓を使うといった、軍事産業が全く発展していない世界なのだ。
もしかしたら自分が知らない作品の世界なのかもしれない。それが彼女の出した結論だった。
不安にため息が止まらず食事に手が伸びない。
「オリー、さっきからため息ばかりじゃない。何かあったの?」
正面の席にいる少女が声をかける。
ウェーブのかかった長い金髪。鋭く睨むような目付き。オリクトの三つ上の姉、シルビラ。この国の第一王女だ。
記憶の戻ったオリクトの第一印象は、悪人面だった。まるで妹を虐める少女漫画の悪役。隣国に嫁ぎたくないからとオリクトを差し出すなんてしそうだなと最初は思っていた。
はっきり言って似ていない。姉妹の共通点は瞳の色だけだ。
「なんでもないわお姉様。ちょっと考え事してたの」
「そう。相談があれば遠慮なく言いなさい。お兄様は学園だしお父様達も忙しいのだから」
「はい。ありがとうございます、お姉様」
そう、意外と優しい。ツンデレと言うか、愛ゆえに厳しいタイプだった。小言は多いが虐められた記憶は無い。むしろ姉として見本を見せつけるようなストイックな少女だ。上品な所作、上に立つ者としてのプライドと責任感。一見悪人のように見えながらも生真面目さが浮き彫りになっている。
(実は良い人でした設定の悪役令嬢みたいで……推せる!)
ニヤニヤと思わず笑みが溢れる。前世では一人っ子だったせいか、姉という存在がこんなにも嬉しいものなのかと幸せを噛みしめる。
そんなオリクトの笑顔にシルビラは首を傾げるも、何か納得がいったようにスプーンを置いた。
「もしかして、来週の誕生日パーティーの事?」
「………………あ」
手が止まり頭の中に忘れていた本来の記憶が甦る。そもそも転んで顔を打ったのも、誕生日が楽しみで余所見をしていたのが原因だった。
迫る十歳の誕生日。多くの貴族の子供達を招く、謂わばオリクトの社交界デビューの日だ。
緊張もすれば楽しみでもある不思議な気持ち。いや、今のオリクトにとっては緊張の方が勝る。王族としての威厳、周囲との付き合い方。成人女性としての意識があるせいか、子供だからと許されるラインに立てない。立ちたくないのだ。
これ幸いと話に乗る。
「は、はい。ちょっと緊張してしまいまして」
「緊張するのは良い事よ。平民の子供のように能天気じゃないようね。遊びに行くのではない。それを忘れてはダメよ」
言葉に刺があるものの、彼女の言ってる事は真っ当だった。地位のある者にとって、食事ですら仕事の一つになる。
「人脈の獲得はもちろん、敵味方の選別も大きいわ。それに……」
一瞬ニヤついたような笑みを見せるも、オリクトが気付いた時にはいつもの悪人顔に戻っている。
「招待されている御子息は、全員オリーの婚約者候補よ。しっかり見極めてきなさい」
愉悦。シルビラの表情はまさにそれだ。他人の色恋沙汰は蜜の味。年頃の乙女からすれば、実の妹だろうと対象だ。
「こ……婚約者。ですよねぇ〜」
オリクトからすれば複雑な気持ちだ。こういった時代背景、身分ゆえの義務。幼い頃から結婚を決めるのは不思議な事ではない。家同士の発展に必要なのだ。
前世では無縁を超越した喪女。二次元が恋人であったが、結婚そのものに興味がなかった訳ではない。子供だって憧れた事もある。幸せな家庭、生涯を共に歩む伴侶がいるのも良いだろう。
これはチャンスだ。政略結婚とはいえ結婚。恋愛感情の無い男女関係に、オリクトが思い出した現代人の価値観と合わない。しかし【郷に入っては郷に従え】とも言う。
(王女だし、ぶっちゃけなかなかの美少女。今の私なら結婚できる)
恋愛なんぞ婚約が決まった後でもできよう。レディースコミックの悪役のような男はごめんだが、幸いな事に時間はある。
「たしか、お姉様も婚約者が」
「ええ。というより、私が産まれた時からブラーク公爵家のアンガス様と決まっていたのよ」
笑顔を隠し真顔を演じているのを見逃さない。産まれた時から決まっているなんて、日本人の感覚からすれば窮屈だろう。しかしシルビラは受け入れる。
「お姉様はアンガス様の事をどう思ってらっしゃるの?」
「!」
聞かれると思ってなかったのか動揺している。そう、少なからず婚約者に想いがあるのだ。
可愛い。成人だった頃の記憶が混ざっているせいか、姉でさえ子供を眺めるように微笑ましく見てしまう。思春期に入ったばかりの淡い想い。見ているだけで満たされていくのを感じる。お米があれば何杯でもおかわりできそうだ。
「武闘派なせいか、お話しも軍事の事ばっかり。貴婦人に剣の事なんか解るはずがないのに」
「でもお姉様は嫌そうに見えないわ」
「…………そうね」
頬が緩む。
「少なくとも国や民を守る事。その一点は評価に値するわ。ああ、あとドレスを褒めてくれるのも……」
ぶつぶつと文句を言っているが微笑みは隠せない。そんな初々しい姿が何よりも……
(てぇてぇっ! 私の姉てぇてぇ! 何この可愛いくてカッコいい生き物? 悪人面なのにこーんな乙女だなんて。まるで)
やり直した悪役令嬢ものの主人公みたいだ。
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